遺伝子を「自分らしく生きるためのヒント」に!新しいウェルビーイングの形
- 2026/6/22
- インタビュー

400項目以上の遺伝子解析を行う、遺伝子検査キット「chatGENE」など、ウェルネスプロダクトを展開する株式会社KEAN Health。代表の山路恵多氏が挑戦しているのは、遺伝子情報を医療機関の中だけに留めず、生活者一人ひとりの自己理解や行動変容につなげる取り組みです。製薬会社で医療の現場を経験した後、遺伝子解析事業に携わる中で感じたのは、科学的根拠がありながら十分に活用されていない現実だったといいます。健康経営やウェルビーイングへの関心が高まる今、遺伝情報はどのような価値を提供できるのか。山路氏が描く未来像と、その実現に向けた取り組みについて伺いました。
目次
合理的な医療への問題意識から生まれた原点
Z-EN――「ゲノムや遺伝子が生活者にとってより身近になる社会を創っていく」ことをミッションに掲げる山路さんが、その考えに至ったきっかけを教えてください。
山路恵多氏(以下、山路氏)――私は新卒で製薬会社に入社し、営業やマーケティングを担当していました。
製薬会社は、科学的根拠に基づく医薬品を医療現場に届けるという意味で、非常に重要な役割を担っています。
私自身もその現場にいたからこそ、製薬業界が医療の発展に果たしてきた貢献の大きさは強く感じています。
一方で、営業やマーケティングの仕事を通じて、医薬品が選ばれるプロセスには、エビデンスそのものだけでなく、情報提供のあり方や製品価値の伝え方、医療現場の状況など、さまざまな要素が関わっていることも実感しました。
たとえば、既存薬よりも高額な新薬を提案する場面では、その価格差に見合う価値をどう説明すべきか、そしてそれが本当に患者さん一人ひとりにとって最適な選択につながっているのかを考えることがありました。
その経験から、将来的には、営業やマーケティングの巧拙に左右されるのではなく、患者さん一人ひとりの体質や状態に基づいて、より合理的で納得感のある医療が選択される世界が理想だと考えるようになりました。
その実現手段の一つが遺伝子情報だと思ったんです。
遺伝子を調べ、その人に合った薬剤や治療法を選択する。
そうしたパーソナライズ医療が進めば、医療の意思決定はもっと合理的になるのではないか。
そんな問題意識から遺伝子領域への関心が芽生え、コンサルティング会社での経験も経て、遺伝子解析を主軸とするバイオ企業へ転身しました。
医療と日常をつなぐ「自己理解」のインフラをつくりたい
――そのご経験が現在の事業につながっているのだと思いますが、現在の事業の主軸となる考え方はどのようなものですか。
山路氏――私の中には大きく二つのテーマがあります。
一つは「医療とヘルスケアの接続」です。
遺伝子検査会社で、医療領域向けの事業の後、一般生活者向けのヘルスケア事業も立ち上げた際、医療ではエビデンスとして扱われる遺伝子情報が、ヘルスケア領域では「占いのようなもの」と見られることがあると痛感しました。
だから、私はその状況を変えたいんです。
社内では「占いを天気予報に変える」と表現しています。
遺伝子情報は未来を決定するものではありません。
しかし、「こういう体質の人はこうしたリスクが高い」という傾向は分かります。
天気予報を見て傘を持つかを決めるように、自分の体質を理解したうえで行動を選択できる社会をつくりたいと思っています。
もう一つが「ウェルビーイング」です。
SNSなどを見ると、誰もが理想的な人生を送っているように見えますが、本当のウェルビーイングは人によって違います。
自分はどんな生活が心地良いのか、何をしていると機嫌良く過ごせるのか。
その答えを探すための材料として遺伝子情報を活用してほしいと考えています。

健康経営から人的資本経営まで広がる活用可能性
――どのような企業との相性が良いのでしょうか。
山路氏――まず、健康経営に取り組む企業との相性は非常に良いですね。
健康診断は現在起きている問題を見つける仕組みですが、遺伝子検査を組み合わせることで将来的なリスクも把握できます。
例えば、30代・40代で健康診断上は問題がなくても、2型糖尿病のリスクが高い方を把握し、早期の予防施策につなげることができます。
また、睡眠改善やパフォーマンス向上にも活用できます。
遺伝子検査では、朝型か夜型か、ロングスリーパーかショートスリーパーか、睡眠不足によって判断力がどの程度低下しやすいかなども分かります。
そのため、「睡眠を改善しましょう」という一般論ではなく、「あなたの場合はこうした行動が有効です」という個別化された提案ができます。
さらに、人的資本経営や社員の自己理解を重視する企業にも活用いただいています。
自分はどんな環境で力を発揮しやすいのか、どんなストレスを受けやすいのかを理解する材料になるからです。

――実際にはどのような支援を行っているのでしょうか。
山路氏――導入企業様では、まず、検査結果の解説セッションを実施します。
結果の読み解き方を説明し、個別の質問にもお答えしています。
その後の施策として、ウォーキングキャンペーン、ジム費用補助、社員同士で体質を共有する取り組み、チームビルディング研修などにつながった事例があります。
結果を知ることで健康意識が高まり、「何か行動したい」と考える方が非常に多いんです。
私たちは、その行動変容のきっかけを作ることを重視しています。

「遺伝で決まる」ではなく「環境を選ぶための情報」へ
――事業を進める中で感じている課題はありますか。
山路氏――一番大きいのは遺伝情報への誤った認識です。
例えば肺がんは、遺伝の影響が約14%程度と言われており、仮に遺伝的リスクが高くても、喫煙しなければ発病のリスクを下げられます。
一方で、乳がんや2型糖尿病のように、遺伝要因の影響が比較的大きい疾患もあります。
重要なのは、「遺伝で決まる」のではなく、「遺伝と環境の両方を見る」ことです。
私たちは遺伝情報を運命ではなく、環境を調整するためのヒントとして活用してほしいと考えています。
また、遺伝情報は家族にも関わるセンシティブな情報です。
そのため当社では倫理審査委員会を設置し、臨床遺伝専門医・指導医、生命科学分野の大学教授、弁護士、脳科学分野の研究者、女性支援に取り組む団体の代表など、各分野の有識者の方々に参画いただきながら、慎重にサービスを運営しています。
――印象的だったユーザーの声などありましたら、お聞きしたいです。
山路氏――「ポジティブな諦めができた」という言葉が印象に残っています。
「朝起きられない自分は怠け者だと思っていたけれど、遺伝的に夜型傾向だと分かって自分を責めなくなった」という方がいました。
また、長年ダイエットに悩んでいた方が、自分の体質を知ることで「自分が悪かったわけではなかった」と受け止められるようになったケースもあります。
病気のリスクを知るだけでなく、本来の自分を理解するツールとして使っていただけることに価値を感じています。
一人ひとりが自分らしく生きるための社会実装を目指して
――今後、どのような未来を目指していらっしゃいますか。
山路氏――遺伝子に関わるようになって以来変わらないのは、「遺伝子を医療だけのものにせず、生活者の役に立つ形で社会実装したい」という思いです。
だから、私たちは「Genome as a Service」という考え方を掲げています。
食事、睡眠、運動、美容、医療、スポーツなど、あらゆる生活シーンで個人に最適な提案ができる世界です。
現在は約500項目のレポートを提供しており、その裏側では90万以上の遺伝情報を解析しています。
また、30競技以上のトップアスリートのデータも蓄積しています。
興味深いのは、世界トップレベルの選手ほど遺伝的に特別なのではなく、自分自身への理解が圧倒的に深いことです。
ある世界チャンピオンの選手は、試合前のカフェイン摂取タイミングを5分単位で調整し続けていました。
自分の身体を徹底的に観察し、最適解を見つけていたんです。
遺伝子検査は、各々が自己理解をより早く実現するためのツールだと思っています。
今後は、スポーツ向け専門レポートの提供や、健康経営・スポーツ・美容領域で活躍する「遺伝子アドバイザー」の育成も進めていきます。
3年以内にはアジア最大級の遺伝子データベース構築を目指していますが、本当に重要なのは、一人ひとりが自分らしく生きるための支援につなげることです。
遺伝子情報を正しく社会実装し、自分自身を深く理解できる社会を実現していきたいと思っています。















