心を整える空間はどう生まれるのか――引き算の美学で日本文化を再設計
- 2026/7/23
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建築家として長年活動してきた有限会社アトリエSNS代表の岡本恒之氏は、現在『Luna Hearts』プロジェクトを通じて、日本文化の本質ともいえる「引き算の美学」を現代社会に再提案していらっしゃいます。水の揺らぎや光、風といった自然の力を活用した空間づくりをはじめ、照明や家具、茶室、住宅構想まで、その取り組みは多岐にわたるものです。背景にあるのは、自然との共生を大切にしてきた日本人の価値観を見直し、人の心を豊かにする体験として再構築したいという思い。『Luna Hearts』を通じて岡本氏が目指すのは、日本文化の継承にとどまらない新たな創造であり、その挑戦は国内だけでなく世界へ向けて広がろうとしています。
目次
自然と調和する日本文化を再設計する『Luna Hearts』
Z-EN――岡本さんが取り組まれている事業・プロジェクトについて教えていただけますか。
岡本恒之氏(以下、岡本氏)――私は建築家として長年活動してきましたが、現在は『Luna Hearts』というプロジェクトを進めています。
テーマは一貫して「日本文化の復興」と「引き算の美学」です。
西洋的な足し算の発想ではなく、日本人が古来持っていた自然との共生や余白の美しさを、建築や空間、照明、家具、茶室などを通じて現代に再提案したいと考えています。
単に建物をつくるのではなく、人の心を包み込み、自然とつながる体験そのものをデザインすることが私の目指すところです。
自然の中で育まれた原体験が創造の原点
――岡本さんがそうした考えに至った背景やきっかけについてお話いただけますか。
岡本氏――少年時代を自然豊かな環境で過ごしたことが大きいですね。
雪が積もった竹がしなり、重さの極限で雪がはじかれ粉雪となって舞う神秘的な情景や、水面に反射した光の揺らぎを見て美しいと感じた体験が今でも強く残っています。
また、建築家として師事した丹下健三先生からも大きな影響を受けました。
先生は「最低でも50案考えろ」とおっしゃっていました。
常識の範囲では20案程度までは出せますが、その先は発想を転換しなければ新しいものは生まれません。
その経験から、「なぜこれが当たり前なのか」「本当に他の方法はないのか」と、常に視点を変えることを意識して考えるようになりました。

かつて平安の貴族が中秋の観月の宴のとき、水上で歌を詠んだ。
歌を認めようとしたその時、水面に反射した月の光が和紙の上で光の波紋となり揺れた。。。。
その光を再現するテーブル
日本文化の本質「引き算の美学」
――岡本さんが考える「引き算の美学」とはどのようなものなのでしょうか。
岡本氏――日本文化の本質は引き算にあると思っています。
西洋は石造が主ということもあり、自然と断絶した環境の中で装飾を加え、足し算による美を発展させました。
一方、日本は木造で障子や板戸という関係で自然と共に生きてきたため、自然そのものが美であり、それを引き立てるために装飾を排除してきました。
引くことで余白が生まれ、その余白があるからこそ、人の想像力や感性が働くのです。
私はその日本独自の価値観を、現代社会の中でもう一度再考し、「引き算の美学」として伝え、形にしていきたいと考えています。
水・光・風でつくる新しい体験価値

千利休の確立した茶室を、柱、梁、母屋等の構造部材、更に床壁天井という壁の概念も引いていくとどこまで茶室として成立するだろうか。
竹を編み上げ、表面に濡れた紙を張りコーティングすると、究極まで削ぎ落した白い繭の茶室が出来上がる。
――『Luna Hearts』では、具体的にどのようなものを開発しているのでしょうか。
岡本氏――水の揺らぎを利用したテーブルや照明、光だけで成立する茶室『コクーン』、自然の風を活用する住宅構想などを進めています。
例えば水の揺らぎを天井や壁面に映し出すことで、人が本能的に安らぎを感じる空間をつくりたいと考えています。
また、『風の抜ける家』という構想では、「雨を塞ぎ風の抜ける壁」を採用することによって数倍に風力を上げた自然の風を積極的に取り込み、エアコンへの依存を減らすことを目指しています。
現在、関連する特許も約8件取得しており、アイデアを実際の製品や空間へと具現化する段階に入っています。

竹を葉脈の構造で編み上げ、表面に薄く和紙を張りコーティングすると、聴こえてくる遠い潮騒の音、森の小鳥の囀りが。。。
耳に手を当てると聞こえてくるでしょ、、
静寂の中の自然の声が。。。
環境負荷を減らし、人間らしい快適さを取り戻す
――このプロジェクトによって解決したい社会課題とはどのようなものですか。
岡本氏――私は建築業界の人間として、都市開発が地球環境へ与える負荷を常に感じてきました。
高層ビルや空調設備は便利ですが、結果として冷蔵庫みたいなビルや建物が都市の熱環境を悪化させており、私自身もその当事者の一人だという意識があります。
だからこそ、テクノロジーだけではなく自然の力を活用する建築や空間を提案したいんです。
エアコン使用量を大きく減らせれば環境負荷も下げられますし、人間本来の快適さも取り戻せると思っています。
――『Luna Hearts』の価値を最も発揮できるのは、どのような場所・状況だとお考えですか。
岡本氏――一つはホテル等の宿泊施設、そしてクラブやバーです。
現在、京都で自然との境界を感じさせないホテル構想にも取り組んでいます。
建築だけでなく、家具や照明、調度品まで含めてトータルで空間をデザインし、日本ならではの体験価値を提供したいと考えています。
二つ目は、心の安らぎを求める個人の方々です。
水の揺らぎや柔らかな光に包まれる空間は、忙しい現代人にとって癒やしの場になると思います。

上下前後に揺れるロッキングチェア。
かつて祖父母の膝の上で優しく包まれ、全く安心して抱かれたあの感覚。
子供の頃の記憶を呼びおこすと、人って優しくなれるんじゃないかな。。。
そんなロッキングチェアとオットマン
三つ目は、防災・被災地支援です。
風力を活用して発電できる風の抜ける住宅や仮設施設を実現できれば、災害時の電力確保や生活環境改善にもつながります。
――開発の過程で印象的だった出来事はありますか。
岡本氏――実際に試作を始めると理想通りにはいきません。
例えば水の揺らぎをつくるテーブルを試作した際、波紋は美しくできたのですが、装置の作動音が大きく、静寂を大切にする空間には向きませんでした。
そこで改良を重ね、水滴を利用した方式へ変更するなど、一つひとつ課題を解決しながら進めています。
発想だけでなく、実現するための試行錯誤も重要だと感じています。


ただ泊まるための宿ではなく、そこで過ごすことで心身並びに脳内まで癒される空間。。。
本質を見極める余白:形を過剰に主張させるのではなく、あえて残した「余白」によって、光、風、時間、影、音といった、目に見えない自然の「現象」を内部へと招き入れる設計。
建築が「主」ではなく、そこで起こる「体験」や「自然の営み」を引き立てる「控え」である。
日本文化を未来へつなぐ世界発信への挑戦
――今後さらにプロジェクトを進めるうえで、どのような展開を考えていますか。
岡本氏――まずは『Luna Hearts』の世界観を一つの完成された空間として発表したいと思っています。
水の揺らぎのテーブル、照明、コクーン、光る卓上屏風などを組み合わせ、日本文化の新しい表現として海外へ発信したいですね。
特にパリでの発表を目指しています。
かつてジャポニスムが世界に広がったように、「ジャポニスムⅡ」と呼べるような新しい流れをつくりたいです。
また、日本文化を単に保存するだけではなく、利休のように革新し続けることも大切だと考えています。
――最後に、実現したい未来について教えてください。
岡本氏――私は日本人がもっと自国の文化に誇りを持つべきだと思っています。
スティーブ・ジョブズは日本の引き算の思想に学び、それをアップルの製品哲学に取り入れました。
しかし、日本人自身がその価値に気づいていない部分が大きいと感じます。
まだ世の中には新しい発想の余地がたくさんあります。
引き算によって余白をつくり、人の想像力を引き出し、日本文化の可能性を世界へ示していきたい。
『Luna Hearts』を通じて、自然と共生し、人を思いやり、心を豊かにする日本独自の価値観を世界へ広げていきたいと思っています。














