“廃業”を基準に中小零細企業の承継問題に決着を!

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中小零細企業における承継問題には、M&Aをはじめとする様々な解決手法があります。では、存続の危機を抜け出すための適正な判断とは、どのような基準で考えればよいのでしょう。
会社分割などの分社手法を駆使し、事業承継や組織の問題解決を実現してきた事業承継デザイナー、奥村聡さんがお話しくださいます。

まずは廃業を基準に考える

中小零細企業における着地には社内承継やM&Aもありますが、その基準となるのは廃業です。誰に何と言われようと私は廃業だと考えています。これまで800社以上の着地を支援してきた経験から確信するところです。
この中小零細企業の行く末を決める際の考え方を紹介するとともに、M&Aの買い手や支援者(士業やM&A仲介業の方)向けの応用法を提案させていただきます。
(着地とは、会社を継がせる、売る、たたむなど、会社の末路についてまとめた呼び方です。)

承継、M&Aありきの議論に物申す!

地域経済を支える中小零細企業の着地について、世間的な関心が高まっています。
社長の高齢化が進む一方、後継者がいない会社は、中小零細企業全体での相当な割合を占めています。そうなると、「会社が無くなって雇用の維持もできなくなるし、技術が失われるぞ」と、経営者は危機感をあらわにします。そしてすぐに「後継者を見つけろ」という話になり、それができない場合は「M&Aで会社を売れ」という単調な議論がなされている状況です。

私は、この議論に一石を投じたい。所詮、外野の人間である私が語る“理想論”ではありますが、少なくとも、中小零細企業のオーナー社長が、この論調に流されてしまうことに対し、警鐘をならしたいのです。

もちろん、誰かが継いでくれて会社が残ればいいことです。しかし、現実として後継者のいない会社が、世の中にはたくさんあります。後継者がいないことには理由があるのですから、あっさり解決できるものではありません。
たとえ候補者がいても、技術や社長の仕事を受け継がせることには困難が伴います。M&Aで外に売ろうなんてすれば、よりハードルは高くなります。そういった現実を見ずして、承継だ、M&Aだと考えるのは早計ではないでしょうか。

自力で実現できる廃業から攻略していく

中小零細企業における着地の基準は、“廃業”に置くべきだと私は考えています。これは、「会社を誰かに継がせることやM&Aを基準にすべきではない」という意味です。

最近読んだ座禅の本にこんなことが書かれていました。
「面白いや、楽しいという感情を普通にすべきではない。悲しいときや退屈な感情もあるのが当然である。もし、面白いや楽しいを普通の状況としようとすれば、それこそ麻薬でも打ちつづけなければいけなくなる」と。

そこでは、頭の中を空っぽにした状況こそを基準とすべきだと語られていました。なんでもポジティブに考えよという西洋的な哲学と比較すると、懐の深さや地に足の着いた雰囲気を感じるものです。

廃業という現実を直視する

この話は、「理想を基準にしてはならない。あくまで現実をあてにせよ」ということだと思います。事業承継等の会社の着地も同じだと私は考えます。誰かに継いでもらうことや、買ってもらえることを基準(=普通のこと)にしてはいけません。これらは相手がいてはじめて可能になるものだからです。

たとえ事業の存続として目指すものであったとしても、事業継承やM&Aを基準にはできません。事実、このようなアプローチをしているから、中小零細企業の経営権の循環が滞ってしまっている面が多々あります。

「誰も継がなければ廃業になる」まずはこれを現実として受け入れましょう。そこで、廃業することになったらどうなるのか?という問いを立てることで、必要な行動と心構えが見えてきます。
廃業だけは、いつでも、自力だけで実現できるものです。まずは確実なところから攻略していきましょう。

廃業は最悪?…ではない

昨今は、大廃業時代などという言葉まで生まれています。そして、世間的には廃業は“悪”だという見立てがなされています。
しかし、廃業は最悪ではありません。これは間違いありません。正しくは良くもなければ、悪くもないというくらいの結末でしょう。
本当に大変な状況に陥り最悪といえるのは「倒産」であり「社長の死亡」です。

廃業は主体的で正当な取り組み

経営が危なくなっても現実から目をそらし、アクセルを踏み続けた結果、多くの企業が倒産します。借金ができない限界に達したところで、強制的に会社は潰され、多くの損害を周囲にまき散らしてしまうのです。倒産による周囲と本人へのダメージは廃業の比ではありません。

社長の死亡も同様です。誰にも継がせることなく社長が急に亡くなり、会社に関係する人や家族を大混乱に陥らせるケースもあります。
倒産や社長の急死というハードな着地と比較すれば、廃業はいかに真っ当なことでしょうか。苦しみながらも自ら決断し、最後までコントロールを失わないで周囲への迷惑を最小限に抑えようという取り組みなのですから。廃業という着地はもっと見直されてもいいと感じます。

M&Aの買い手や経営支援者への提案

廃業をベースに着地を考える。この視点は、オーナー社長のみならず、事業の買い手や支援者も持っておかれると良いでしょう。このあたりの共通認識がないために、交渉やコンサルティングが機能しないことがあります。
かつて会社を売りに出した社長がいました。「いい値段がつくなら売ってもいいけど」とフワフワした気持ちで動き出したようです。案の定、買い手候補からオファーがあっても一向に首を縦にふりません。思わせぶりな態度をとるだけです。関係者は「だったらはじめから売りに出すなよ」と内心毒づいていたことでしょう。

この手の人は、「誰も会社を継がなければ会社は廃業するしかなくなる」という現実を見落としている場合がほとんどではないでしょうか。だから、本気の話にならないのです。であれば、この認識を先に植え付けておけばいいということになります。

廃業というものさしで適正な判断を

私の場合、M&Aや事業承継の案件を持ち込まれたとき、あえて先に廃業のシミュレーションをして数字を社長に見せることがあります。「廃業になったらこれしかお金が残りませんね(または借金がのこりますね)……」と。
「いくらで売りたいですか?」の前に、「廃業になったらこうなっちゃいますね」を見せるのです。すると社長の目線が一気に現実的になります。
たとえば、M&Aの交渉では根拠なく「売値が安すぎる」と社長が高望みをするケースがあります。一方、“廃業したら”という別のものさしを持っていれば、出てきた価格に納得してもらいやすくなるという理屈です。
廃業という基準(=ものさし)を売り手と買い手、そして支援者も含め全員で共有できるように、工夫してみてはどうでしょうか。買い手や支援者が持ち込む話の価値が、売り手の社長に正しく伝わるはずです。

廃業する会社の買収を狙う

さらに、M&Aの買い手や支援者には「廃業する会社を狙ってみる」ことも提案します。前ぶれもなくたたまれてしまった会社の中には、後になって「もったいない」「できれば引き取りたかった」という声を聞くケースが頻繁にあるからです。

実務上、会社を丸ごとではなく、部分的に承継することも可能です。たとえば、借金が大きくなり過ぎていたとしても、その部分は先方に残し、有益な事業だけを売買できるケースもあります。一企業すべてを引き取ることは困難でも、価値のある限定された事業だけを買い取ることは十分可能なのです。

そのように考えれば、承継可能な部分は、廃業しようとする会社の中にもかなり眠っているのではないかと予想できます。買い手や支援者が「廃業」をキーワードに網を張れば、たたんでしまう一歩手前で価値ある事業や資産をキャッチできるかもしれません。

もちろん会社を残してほしい

誤解なきように繰り返しますが、何も「すぐ廃業しろ」というのではありません。あくまで廃業を基準に考えることで、適切な判断やしかるべき準備ができるようになるということです。
また、廃業という着地を推奨しているのでもありません。廃業を基準に置きながらも、理想である承継やM&Aを狙っていただきたいところです。
それでも、思うような結果が出ない時もあるかもしれません。そのときは廃業を決断せざるを得ないでしょう。
しかし、廃業は失敗ではありません。戦略的な撤退です。難しい決断を下した社長の勇気を、私は讃えます。

※このコラムは、拙著「社長、会社を継がせますか?廃業しますか?」(翔泳社)のコンセプトをもとに書きました。
具体的な取り組み方に興味をお持ちの方は、本を手に取っていただければ幸いです。

奥村 聡
事業承継デザイナー 司法書士
ひょうごエンジン株式会社代表取締役
あまなだあわじ合同会社代表

投稿者プロフィール
平成21年、自らが立ち上げた地域最大の司法書士事務所を他者へ事業譲渡。
コンサルタントに転身し、社長のおわりに寄り添い800社以上を支援。
会社分割などの法的手法を武器に事業承継や廃業、過大借金、経営陣の不仲、伸び悩みなどの場面で出口を切り拓く作戦を立案してきた。

中小企業経営の循環に貢献し、地域経済の風通しをよくすることを目指す。
著書に『社長、会社を継がせますか?廃業しますか?(翔泳社)』や『0円で会社を買って、死ぬまで年収1000万円(光文社新書)』がある。
2019年のNHKスペシャル『大廃業時代』に、おわりに寄り添う“会社のおくりびと”として出演。

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