顧客の外国出願ニーズに160か国のネットワークで応える(前編)

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法律に関する深い知見を有し、幅広い分野における発明、商標や著作権といった「知的財産」を守る弁理士という仕事は、産業やものづくりにおいて社会的になくてはならない役割を果たしています。
「ものづくり」が世界的に大きく変化する潮流の中で、知的財産の保護はどう変化していくべきか。
老舗の特許事務所2代目として継承準備を進める筒井国際特許事務所所長、弁理士の筒井章子さんに、業界の現状や国際的な変化などについて詳しく伺いました。

弁理士業界の知られざる実態

Z-EN――本日はよろしくお願いします。筒井さんは弁理士さんでいらっしゃいますが、弁理士はどのような仕事をなさっているか教えてください。

筒井章子氏(以下、筒井氏)――弁理士は知的財産の専門家として、人の知的活動から創作されたアイデア、創作物、表示などを、権利として特許庁へ出願・登録して独占権にするための申請代理が主な業務です。

知的財産は、内容により4つに分けられます。

  1. 技術的なアイデア:発明 → 特許権
  2. 便利グッズ:考案→ 実用新案権
  3. 製品のデザイン:意匠 → 意匠権
  4. 商品・サービスの名前: → 商標権

特許庁のHPに洗濯機を例として、各権利の詳細がわかる図がありましたので見ていただくと分かりやすいと思います。

画像は特許庁HPより

そのほか、外国での権利化、知的財産訴訟、先行技術調査、知的財産コンサル、ブランディングなど業務の幅は広がっています。

少数精鋭の弁理士業界にも高齢化の波

――弁理士は国内にどれくらいいらっしゃるのですか?

筒井氏――弁理士の登録数は12,000人程度です。
たとえば、弁護士は約44,000人、税理士は80,000人前後なので、他の士業に比較して全体数が少ないことがお分かりいただけるかと思います。
そして、全体の85%程度が男性で、80%が理系出身者という、男性優位の士業です。

私が弁理士登録したのは2000年ですが、状況はこの20年間ほぼ変わりません。
平均年齢は52歳を超えていて、30代の若手は10%程度
平均登録年数は15年で、登録して20年以上経過している方は全体の2割ほどいらっしゃいます。

人手不足の課題も

――弁理士全体で高齢化が進んでいるのですね。どこで従事されていらっしゃるのですか?

筒井氏――所属先は大体が特許事務所ですが、企業に所属する弁理士の割合が非常に増えています。
特許事務所は47都道府県に最低1事務所はありますが、首都圏を中心とした関東地域に66%が集まっていて、その7割が1人の弁理士に数人の事務員と技術者という事務所です。

父が創業した事務所を承継へ

――ということは、筒井さんの事務所はかなり大きな規模になりますね。

筒井氏――そうですね。1980年に私の父が創立した弊社は今年で42年目となり、弁理士事務所のなかではかなりの規模です。
2014年12月に特許業務法人として法人化し、現在は新宿御苑の脇で営業しており、現在は弁理士法人として弁理士と秘書合計46名が在籍しています。

筒井国際特許事務所の組織図 筒井氏資料より

創業者の大和は、岡山県の蒜山高原という雄大な自然が広がる地域の出身ですが、弁理士を天職として、日本弁理士会の会長も歴任しました。
年齢的な問題もあり代替えしようと、今年で入社21年目になる私が、いま父の後継2代目として事業承継中です。

――御社はどのような業務をされているのですか?

筒井氏――仕事の85%位が、特許関連で、商標が15%ほどです。
国際特許事務所として、業務の半分は外国向けです。

父が開業した当初から当時の大手電機メーカーの半導体関係の特許申請を担当し、半導体がメインでしたが、今では機械、電気、化学やソフトウェア、ビジネスモデルの業務が増えています。

海外企業と渡り合うため弁理士技術習得をめざす

――筒井さんは子どもの時から、お父様の仕事を承継される予定だったのでしょうか?

筒井氏――子ども時代の私は、今でいうヤングケアラーでした。
父は弁理士の仕事に打ち込み毎日深夜帰宅。
母は非常に病弱でしたので、5歳下の妹の面倒を見ていたんです。

かつ、空いた時間は勉強もせずに外で遊んでいたので、成績も良くなくて、いわゆる“ビリギャル”でした。
そんなことから、父の仕事を継ぐなんてまったく思っていなかったですね。

ところが、仲の良い友人が進学校に入ったことが刺激になり、一念発起して勉強しはじめたんです。
その甲斐あって無事に都立高校への入学を果たしたのですが、集まってきた同級生たちは今までの自分とは全く違うタイプの人ばかりで、当時は衝撃が大きかったですね(笑)

その後は、外国への興味から外交官になる夢を持ち、大学に進学しましたが、体調を崩して一度は夢を諦めます。
それでも外国に関する仕事をしたい!という思いは強く、自分の武器を持つために弁理士試験を受けることにしたのです。
もともと法律の勉強は苦手でしたが、当時、海外企業と渡り合っていたのは日本の技術力でしたので、弁理士の技術は必要だと確信しました。

5回の受験を経て合格。
同時に、野村総合研究所が知的財産部を新たに作るタイミングで入社しました。
ちょうどビジネスモデル特許が始まった時期で、ソフトウェア企業の知的財産保護を模索しながら猛烈に働く毎日を送っていました。

家業の事務所へ転職するもトラブル対応の日々

――その後、退職してお父様の事務所に転職されたそうですね。

筒井氏――10年くらい働く予定でしたが、3年半で退社して父の事務所に移りました。
理由は、弁理士は代理人として独立する稼業なので、父の下で修行しながら勉強したほうがいいだろうということと、前職で培った知的財産保護の技術力を活かして資産で経営する顧客に貢献したいという想いがあったからです。

ところが、入所してみると、弁理士業界では珍しい女性で若手ということもあったのか、常に所長である父と比較され「お前ではダメだ!」と面と向かって言われることもありました。
さらに、企業内弁理士時代とは異なり、代理業は特許庁を相手にかなり神経を使う仕事だと気づきました。
所内外のトラブル対応も経験し、粘り強く続けるなか、顧客からも事務所職員からも少しづつ信頼を得られるようになったところで、自分らしさとは何か?を考えるようになりましたね。

▶資格取得が難しく、「知的財産」を保護する仕事だけに時代や社会の潮流に合わせて変化も大きい弁理士という仕事。お父様の事務所を承継した筒井さん、この後、どう「自分らしさ」を出していくのでしょうか。

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筒井章子
筒井国際特許事務所 所長

投稿者プロフィール
慶應義塾大学総合政策学部卒業、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。
ストラスブール大学大学院。
  国際工業所有権研究センター(CEIPI)修士課程(商標・意匠)修了、同修士課程(特許)履修。
専門は商標、ビジネスモデル、著作権、不正競争。
特定侵害訴訟代理業務可能。

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