人の動きを可視化するサービスでより良い社会を(後編)
- 2022/1/28
- インタビュー

株式会社Yagish代表の⾦相集(キム サンジプ)さんは、ソーシャルネットワーキングを始めとした人の動きを可視化することでよりよい社会を実現しようと、さまざまな取り組みに挑戦されています。前編「人と人のつながりに着目!研究者から経営者への転身」では、研究者から株式会社Yagish設立までの経緯を伺いました。
後編では、「情報銀行」構想から着想を得て展開する多目的なパーソナルサービスとしての「Yagish」の全貌に迫ります。進化が止まらないYagishから目が離せません。
目次
情報銀行によるパーソナルデータの活用
Z-EN――Yagishのサービスを思いついたきっかけはどのようなことだったのですか?
⾦相集氏(以下、金氏)――株式会社Yagish設立は2021年9月ですが、サービスは2018年に開発されました。
その後、東京大学の柴崎亮介先生が主導していた「情報銀行WG」から影響を受けて、事業コンセプトが大きく変わることになりました。
――柴崎亮介教授の情報銀行WGとはどのようなものですか。

「AI、IoT時代におけるデータ活用ワーキンググループ 中間とりまとめの概要」(内閣官房IT総合戦略室)より
金氏――「人の動き」に関するビッグデータを解析し、生活のさまざまなことに役立つように可視化できれば社会はより良くなるとの考えのもと、技術の研究に留まらず「情報銀行」の設立を推進するのがWGです。
もともとは北欧ヘルシンキ発祥のアイディアで、その研究成果に感銘を受けた柴崎先生が提言し、東京大学と慶應義塾大学で立ち上げたプロジェクトを民間企業とともに産学連携で進めています。
現在は総務省に参画する形になっています。
基本的に人間誰もがパーソナルデータを持っていますが、世界中の流れではパーソナルデータは保護されるものとしか捉えられていません。
それは非常に残念。
アメリカの大手企業はパーソナルデータをマーケティングの対象とし、巨額の利益を得ています。
ですが、実際にデータを持つ個人には1円も入っていない。
そういったことへのアンチテーゼでもあります。
WGに加わり2年間研究するなかで、大きな影響を受けました。
ブラウザでつくれる履歴書「Yagish」設立
毎⽇あらゆる⽇常の場⾯において、パーソナルデータ⼊⼒を強いられていますが、この⼊⼒は⼿続きが⾯倒なだけでなく、そもそも有効活⽤されることがありません。
そのデータが活用される場面には利便性が必要です。
例えば、パーソナルデータの面倒な入力や手続きをしなくて済むようにしたり、自分が考えたことがWishデータとして蓄積され逆提案されたりと、さまざまな利⽤シーンに合わせて提供し有効活⽤することで、産業との関わりがもっと活発になり、ユーザーはその利便性と利得が受けられる世の中になればいいだろうと思いました。
もっとも、パーソナルデータへの直接的な提案がスパムメールのようだと嫌になるでしょう。
ですから、営業メールのように勝手に使われてしまう状態を完全に排除されることが前提で、自分が本当に欲している内容がちゃんと伝わり、それに即した情報が提案される状態ならウエルカムでしょう。
Yagishは、パーソナルデータとして履歴書に着⽬し、履歴書の作成と保管だけでなく、本⼈の意思に基づきその有効活⽤を促していくことで、ユーザーが利便性と利得が受けられるような幅広いサービスの実現を目指しています。

「Yagish」公式サイトより
――なるほど。確かに履歴書には多くのパーソナルデータがありますね。
金氏――転職活動のきっかけは、人間関係や待遇への不満によるものが多い。
不満もなく人間関係がいいという人たちの多くは、自分が適正な給料をもらっているのかどうかをわかっていない。
例えば、こんな憧れの会社で働いてみたい、こんな仕事をやってみたい、これくらいの年収だったら嬉しいという自分のWishをリストに上げていきます。
そういったリストに完全に合致した情報が提案されれば、人は見ると思います。
Wishに応えるデータの蓄積
――転職に限らず、すべてのことに言えそうですね。
金氏――日常のあらゆることはそうですよね。
もちろん情報保護が大前提ですが、今後は、さまざまなことでの自分のWishリストがきっちり固まっているものに関しては適正な提案がなされるよう、パーソナルデータを活用していく方向に舵を切っていかなければいけないだろうと思っています。
これは、先にお話しした「情報銀行」の立ち上げ時のスピリッツでもあります。
総務省の管轄に入ってからは、このスピリッツは少し薄まってしまっていますけどね。
われわれのコンセプトは情報銀行のWGでも評価されており、ユーザー目線でしっかりとサービス構成していくことで、東京大学の後押しが得られるよう現在教授会で審議中です。
これが通るとサービスは格段に広がるだろうと思っています。
口コミなど自然流入で認知度拡大
――それは楽しみですね。Yagishのサービスはどのような方に利用されているのですか?
金氏――まず、多くのパーソナルデータが詰まっている履歴書をWEB上で簡単に作成できるサービスを提供しています。
UIは徹底してシンプルに使いやすくすることで、2021年12月だけで35万人の新規登録がありました。
現在利用者の7割弱が大学生から30代前半の若い層になっています。
広告投下などはせず、100%検索エンジンからの自然流入です。口コミなどで急速に広がっています。
Yagishの展望
――パーソナルデータに対して、今後活用をお考えの事例があれば教えてください。
金氏――2022年度はHR、キャリア形成の意味での教育、同窓会のサービスを広げていく予定で、100万人の登録を目指しています。
HRは基本的に待っていればいろんなオファーが来るように、LINEも紐づけています。
受け取る側がO.K.であれば、システムに格納された履歴書が送付される仕組みです。
ある程度自分の価値を上げられる努力をしつつ自分のWishに近づけて転職が決まったら、今度は余裕をもって周りを見ることも大事になりますよね。
ですから、それに付随した、旅やスポーツ、レジャーなどをソーシャル化してつなげたいと思っています。
ユーザーの利便性を最優先に
システムに確実なWishリストが入っていたら、意味のないやり取りが省かれ、ユーザーは利便性と利得が得られます。
結果としてやったことがさらに履歴書を上書きし、精査されたWishリストを最終的にAI化し、生涯に渡って適確なレコメンドを送り、豊かな人生を送るためのサービスになればいいと思っています。

「Yagish」公式サイトより
一番の懸念点は匿名上の空間になってしまうことですね。
情報は必ず実名登録がなければ見られないとして、さらに見られるのは名前だけ。
実体があり信頼があるサービスを構築し、情報発信者はWishリストに完全合致する人にメッセージだけは送れる。
「ただそれを見るかどうかはあなた次第ですよ」と、そこまでのサービスにしていきたいと思っています。
経験を可視化する意義
――自分の行動により履歴書が上書きされるなんて面白いですね。
金氏――そうですね。学習や仕事などのデータも、現在は資格取得やスコアなどに評価を頼っていますが、今後は、その分野の能力を身に付けるために、どれくらいの時間と情熱をかけて勉強し取り組んだかというログが取れるようになり、リクエストを出せばシステムに反映されます。
職務経歴書には大きく2つあると思っているのですが、1つはその人がどの会社からどの会社に行ったか?という事実。
そしてもう1つは、今までその会社で自分はどのようなことを学び、どのようなスキルを付けていったのか、どのような経験をしてきたのかというものです。
そのスキルや経験を身に付ける過程を可視化できて、自分の頑張りのエビデンスがとれることで、例えば履歴書が貧弱な人でも、今までやったことを正確、かつ、わかりやすく伝えることができ、報われるということなのです。
昔のちょっとした経験が現在の自分を構成していることはよくあります。
でもそれは、キャリアコンサルタントには見つけられないことです。
だから、それをAIに学習させていけるとしたら、そして、生きがいとなることをリアルタイムで被せられるサービスにできるのであれば、Yagishは進化する履歴書サービスとして世の中に受け入れられると思います。
2023年度は、さらに300万人の登録者数を目指し、アジアにも進出したいと思っています!
アイディアを生み出せる人脈作り
――最後に、日本の中小企業が生き残るために必要だと思われることがあれば、メッセージをお願いします。

「ゴルフは一緒にプレーする仲間とビジネスについてもフランクに話せるのがいいですね。」と語る金さん。最近ではビジネスミーティングもゴルフ場やランニングの場で行い、大切な交流の機会になっている。(写真:ご本人提供)
金氏――私も経験があるのでよくわかるのですが、経営者はどうしても資金繰りを含め足元の状態が不安定にならないようにとばかり考えてしまいます。
そして、売上や人事といった悩みを抱え込まざるを得ない状況が、経営者には多いと思います。
私はシンガポールに自社の本拠地を移した時に、いろいろな仲間をネットワーキングしながらお互いインタラクティブな関係性を大事にする方法を学びました。
世界は広く、想像を超えるようなアイディアはどこで誰を通して手に入るか分からない。
だからこそ、人間関係を拡大していくことが大事だと思います。
日本では名刺交換しても関係が生かされないことが多いですね。
さらにコロナは人の交流の機会をなくし、コロナ禍が続くことで関係性への考え方が閉鎖的になっていると思います。
中小企業にとって事業変革は不可欠です。
変革を続けるためには、必要となるアイディアをもたらす人にいかに出会えるかが大切です。
自分の周りの関係性を拡張していくことを真剣に考えた方がいいのではないかと思っています。
――本日はありがとうございました。
本稿「人の動きを可視化するサービスでより良い社会を」は後編です。
前編は「人と人のつながりに着目!研究者から経営者への転身」でご覧ください。