企業の強みと価値を引きだす!M&Aアドバイザーと買手のヒアリング力

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M&Aの売り手となる経営者は、情報の整理、つまり客観性を求めてアドバイザーの助言を受けます。そこで、サポートする立場のM&Aアドバイザーは、経営者が発する言葉に込められた思いや価値観を明らかにし、本人自ら気づく機会を設けなければなりません。

アドバイザーにとって最大のスキルはクライアントの声に耳を傾け、ヒアリングする力だとお話しくださるのは、経営コンサルティングのほかに、ビジネスパーソン向けのコーチング分野でもご活躍の森 琢也さんです。コーチングスキルはM&Aに限らず、問題解決の場面で広く活用できますので、ぜひ参考にしてください。

丁寧なヒアリングで「強み」や「価値」を見いだす

M&Aで会社や事業の売却を行う際、いかに自社の魅力を買い手に伝えるかが大きなポイントになります。特に赤字決算や負債超過の企業・事業の場合、それらマイナス面を上回るほどのメリットを訴求する必要があります。

「うちの会社に強みなんてあるだろうか?」と頭を抱えてしまう経営者もいらっしゃるかもしれませんが、丁寧なヒアリングを通じて情報の棚卸しや現状把握を行うことで、新たな視点を手に入れることが可能です。その結果、自社を取り巻く状況や環境を再認識し、思いもよらぬ自社の「強み」や「価値」を見いだすことが出来るかもしれません。

分析や提案だけがM&Aアドバイザーの仕事ではない

M&Aアドバイザーや経営コンサルタントの仕事のイメージは、情報を集めて、フレームワークなどを用いて分析し、その結果や戦略案(答え)を経営者に提示することだと理解されている方も多いと思います。

その第1ステップである情報収集の場面において、特にBtoBなどニッチで専門性の高いビジネスを行っているクライアント企業の場合、経営者が備えている業界知識や競合・顧客情報が主要な情報源になるケースが多くあります。ヒアリングでいかにM&Aを進める上で必要な情報を収集し、M&Aを支援する側の理解を深めるか・・・。我々コンサルタントにとって「ヒアリングの機会が全てだ」と言っても過言ではありません。しかしながら、当事者である経営者にとっては、自分の持っている事実情報を一方的に話すだけの時間、つまり新たに得るもののない時間になりがちです。また、事実確認中心のヒアリングでは、経営者との距離感がなかなか縮まらずに終わってしまいがちです。

コーチングによる客観性がビジネスの好転に繋がる

コーチングの魅力は何といっても、傾聴スキルと発問スキルを用いることで、相手の気づきや発見を支援し、行動を後押しできる点です。

人は誰しも知らず知らずのうちに思い込みを交えて物事を捉え、バイアスによって非合理的な判断をしてしまいがちです。また、”業界の常識”や固定観念に囚われて偏った見方をしてしまうことも多々あります。そんなとき、コーチングの発問スキルを用い丁寧にヒアリングを行うことで、経営者の発想や思考を拡げ、物事の見方・視点を増やし、固定観念を振り払っていくお手伝いができます。すると、今まであやふやだったポジショニングや強みが明確になり、思いもしない機会やビジネスチャンスを引き寄せることに繋がるのです。

傾聴し発問することで生まれる“気づき”

実際にコーチング手法を用いてヒアリングを行うと、経営者の皆様からこんなお声を頂くことがあります。

「話をしながら発想が広がって、新たな強みや市場機会に気づけた」

「思考整理が進んで、対処すべき重要課題が明確になった」

「懸案事項に頭を抱えていたが、漠然とした不安感が払しょくされた」

ヒアリングの中で良質な質問を行うことで、発想を拡げ、深堀りや具体化を行い、固定観念を取り除くといった貢献が実現します。その結果、経営者のなかには、ヒアリング中にみるみる表情が明るくなる方や、新たなビジネスアイデアを着想される方もいらっしゃいます。また、最初はヒアリングをやや面倒臭がられていた経営者から、「今日は新たな気づきを有難う」と言われることも少なくありません。

M&A成功に向けた自己理解と相互理解を深める

SPIN話法+αで販路拡大や事業展開のポテンシャルを明らかにする

本日はいくつかあるヒアリングのノウハウのうち、参考としてSPIN話法というものを紹介します。SPIN話法とは、1995年にイギリス人のニール・ラッカム氏が考案した、4つのステップで顧客の潜在ニーズを引き出すヒアリング話法です。

一般的には、営業担当者のセールストークを組み立てる際に推奨されるノウハウですが、少しの工夫を加えることで経営者へのヒアリング時にも大変役立ちます。例えば、売却を検討されている企業の販路拡大や事業展開のポテンシャルを明らかにする場面ではこのようなやりとりが有効です。

S:Situation Questions 「状況質問」

次のステップである、問題質問につなげるため、まずはクライアント企業の現状を把握する質問をします。この時、3C分析(自社、競合、顧客)などの観点を提示して、可能であればホワイトボードにも書き出しながら整理していくといいでしょう。

P:Problem Questions 「問題質問」

状況質問で整理した情報をもとに、クライアント企業における弱みや脅威に関する質問をします。現在直面している問題のみならず、将来的な問題や潜在的な問題も引き出していけるとよいでしょう。このとき、もしM&Aアドバイザー側が気づいていて、経営者が気づいていない内容や切り口、観点があった場合、ズバリと指摘せず、「〇〇〇についてはいかがですか?」「例えば、▲▲▲という側面では、どんなことが言えますか?」とさりげなく水を向けるとよいでしょう。人間は言われて気づかされるより、自分で気づいて発言したことの方が価値を感じやすいものだからです。

I:Implication Questions 「示唆質問」

問題となり得ることを示唆し、課題化する質問を投げかけます。SWOT分析でいうところの強み×機会以外の3つの象限は、基本的にクライアント企業が抱える課題と見なしても良いでしょう。課題はビジネスチャンスにもなりえると考え、経営者の方々が前向きに思考できるように導くこともポイントです。ときには、経営者が知らず知らずに囚われている業界常識や固定観念を問う質問を投げかけましょう。

N:Need-payoff Questions 「解決質問」

経営者が課題を明確にしたら、その解決策を具体化していきます。その際、経営者自身に問題解決のメリットや利益を語っていただくように仕向けることが重要です。

アドバイザーはヒアリングに徹する

特に赤字企業の売却案件では、今後の収益改善・拡大可能性が企業価値算定の重要な要素の一つにもなりうるため、上記のようなステップで丁寧に経営者の思考整理をお手伝いし、経営者自身にとっても思いもよらないアイディアを引き出せるとよいでしょう。

また、上記のSPINのステップを踏む中で、プラスαのポイントとして事実や事象にばかり着眼せず、経営者の心情や想いも受け止め、評価的にならずにヒアリングに徹することも大切です。弱みや課題を打ち明けることは心情的に憚れることもあります。次に述べるように、時には思いや価値観にも触れつつ、「安心して話せる」という心理的安全性の確保に配慮しましょう。

時には「想い」や「価値観」に迫るやりとりも

特にM&Aの売り手となる方々は、我が子のように大事に育てた会社や事業を他人に委ねることになり、従業員の方々の今後も含めて、気がかりや不安点を多々抱えていることでしょう。売り手側としては当然ながら、事業への想いや価値観を譲渡先にも理解してもらったうえで引き継ぎたいと思うものです。

だからこそ、まず仲介役となるM&Aアドバイザーが経営者の方の想いを理解しなければなりません。場合によっては創業経緯や経営者の方の生い立ちから伺い、決断・判断の基準となる価値観を一緒に明らかにしていくこともあります。ヒアリングの機会に、こうしたプロセスを経ることで、お互いの信頼関係を深め、時に難しい判断も迫られるM&Aプロジェクトを成就させる礎を築きます。

ヒアリングの機会にも大きな価値貢献を

これまで述べたとおり、ヒアリングの機会は経営者にとって一方的な情報提供で終わってしまうことも多いものの、コーチング手法を用いることで、思考整理が進み、気づきや発見の多い、価値ある時間に変えることもできます。しかしその一方で、日本では従来ヒアリングスキルをあまり重視せず、MBAや中小企業診断士の試験でそのスキルを問われることもありません。たとえ知識や観点は持っていても、ヒアリングスキルには大きなばらつきがあるのが実態です。中には事務的な事実確認に終始し、経営者と信頼関係が全く深まらずにヒアリングを終える経営コンサルタントもいます。

相手の中にある答えを引き出すという手法

個人的に興味深く感じることは、優秀で信頼の厚いM&Aアドバイザーやコンサルタントほど、コーチングを学んでいなくとも、非常にコーチング的な対応をされている点です。

よくコーチングでは、スキルのみならずスタンス(姿勢)を整えることが重要だと言われますが、その1つに「答えは相手の中にある」という姿勢・考え方があります。ヒアリングの場面に適用すると、「答えは経営者の中にある」ということになります。

M&Aアドバイザーやコンサルタントは、M&A業務の知識やノウハウを有し、アドバイスや提案は行うものの、大事な決断を行うのは、クライアントである経営者の方々です。常に経営者の考えや価値観に敬意を払い、寄り添い、場面に応じてアドバイス、コンサルティング、そしてコーチングを使い分けて貢献していけることがベストだと考えます。

 

今後、経営コンサルタントやM&Aアドバイザーを選ぶ際は、ぜひヒアリングの姿勢や応対も選択のポイントに入れて、総合的にご判断頂ければと思います。

森琢也
MASTコンサルティング株式会社パートナー
中小企業診断士 プロフェッショナルコーチ

投稿者プロフィール
大学卒業後、(株)デンソーに入社し、約10年間経営企画や事業企画に従事。25歳で中小企業診断士試験に合格し、大手資格予備校にて中小企業診断士講座の難関2科目(財務会計・経済学)を長らく担当。
現在はコンサルタント・プロフェッショナルコーチとして活動中。
上場企業から中小企業まで、会社規模を問わず、働く人の気づきや成長を引き出しながら経営支援を行っている。

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