事務作業が鍵!?内側から見えてきた文化芸術業界再興の実情

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制度を有効に使えない背景

しかし、ここで、思わぬ形で文化芸術業界ならではの課題が浮き彫りになりました。
語弊を恐れずに書くと、その課題とは、「文化芸術業界の従事者は事務作業が苦手」というものです。

手続への対応が不得手?

文化庁の制度に関わらず、公的な補助金や助成金の類では、お金を受け取るために客観的に正しい根拠となる証票を提出することが当たり前です。
しかし、事務作業が苦手な文化芸術業界では、それらを正しく提出できなかったり、そもそもよくわからないと混乱したり、ときには「そんな証票を出せるわけがないだろう」と他責にしたりする事象が発生したのです。(聞き及んでいるのはごく一部の事例かもしれませんが。)

出典:文化庁「AFF2申請の手引き」

事務処理担当者の不在

もちろん、このような手続き不得手の傾向を「文化芸術業界」としてひとくくりにするのは乱暴です。
過半数の事業者は、正しく証票を揃えて事業を遂行したことでしょう。
ただし、どうしても文化芸術業界は中小・零細事業者が多く、また芸術家・アーティスト自身が事務担当者を兼ねているケースも散見され、これらの事務作業がおろそかになりがちなのではないかと推察されます。

事務処理の不透明さ

さらに、文化芸術業界特有の業界慣習も原因としてありそうです。
例えば、仕事の依頼は口約束で済ませ、契約書のやり取りはおこなわない、見積書や請求書という概念自体がない、という慣習です。
よく言えば信頼関係をベースに仕事が成立しているとも言えますが、第三者の視点では取引の内容が不透明に見えるやり方です。

ほかにも、意図しているか否かに関わらず、納税ができていないため納税証明書や課税証明書を取得できず、補助金申請の要件に必要な事業実施の証明ができない事例も聞いたことがあります。
これは現時点でも小劇場業界などでかなりの数が該当しそうですが、公演団体が任意団体のままとなっており、それなりのチケット売上による収益事業をおこなっているはずなのに確定申告をしていないことが原因です。

小規模事業者も事務体制を整えよう!

どの業界であっても、零細事業者の取引の中には、契約書のやり取りがなかったり、確定申告が正しくできていなかったりするような事例はあるかと思います。
しかし、文化庁の補助制度への申請過程の混乱を見聞きするにつけ、文化芸術業界には特別そういった事業者が多いのではないか、と邪推してしまいます。

このような文化芸術業界特有の事情があるにせよ、これらの課題をそのまま放置しておいて良いわけではありません。
短視眼的に言えば、もし今後、また文化庁関係の補助金や助成金制度が始まった場合、証票を準備できるよう、文化芸術事業者はしっかりと事務体制を整えておく必要があります。
そうでなくても、文化芸術業界の各事業者間の取引において、契約書や見積書などの書面を正しく作成しておくことは、今後の取引のトラブル防止のためにも必要不可欠なことだと思います。

国のバックアップを活用

コロナ禍の影響で突然仕事を失い、お金を取りっぱぐれた芸術関係者をそれなりの数知っています。
例えば「コロナで仕事がキャンセルになった場合の請求金額を盛り込んだ契約書を、ちゃんと作っておけば良かった」というような、後悔の念を何度も聞きました。

実際、近年、契約関係について言えば、そもそも締結されていなかったり、実効性に欠ける契約書がやり取りされていたりするという文化芸術関連事業者が抱える課題を、文化庁も認識しています。
そのため文化庁自らが、「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けた検討会議」を開催したり、「著作権契約書作成支援システム」で著作権契約書のひな形を公開したりして、積極的な支援を行っています。

出典:文化庁

さらには最近、文化庁のサイト内に「芸術家等の基礎知識」という、個人芸術家向けの契約や税金について解説したコーナーまで立ち上がりました。

インボイス制度で廃業の危機も

そして、さらに直近に迫っている難題が、インボイス制度への対応でしょう。
ご存知の通り、2023年10月からインボイス制度が開始されます。
売上1,000万円以下の個人事業主や中小・零細企業が比較的多いと考えられる文化芸術業界でも、インボイス制度の導入は大きなテーマです。

事務負担をどう軽減するか

最近、声優・アニメ・演劇・漫画の4団体による、インボイス制度反対の記者会見がおこなわれました。
この4団体が文化芸術業界をすべて代表しているわけではありませんが、その記者会見で配布されたという業界人へのアンケート結果は衝撃的でした。

例えば、「インボイス制度を考える演劇人の会」が俳優や演出家・プロデューサー、舞台監督などに取ったアンケートでは、インボイス制度が導入されたら2割の人が廃業すると答えたと言います。
廃業理由には、売上高1,000万円以下の場合の消費税免税措置がなくなり、実質的に収入減となる、という理由もありますが、それとは別に、煩雑な事務負担を忌避する、という理由もあるそうです。

事務作業が大変だからって廃業するのはもったいない!と思うのですが、文化芸術業界に従事する人たちの本音がここにあるような気がします。
文化芸術業界においても、今後、契約書やインボイス制度に対応した適格請求書の発行など、今まで以上に正確な事務作業が求められていくことになるでしょう。
いざそのときに対応できるよう、今のうちから業務体制を整えておくことが必要です。

参考
■文化庁 令和3年度補正予算事業「ARTS for the future! 2(AFF2)」
■国税庁「インボイス制度の概要
インボイスで漫画家の2割が廃業も? 危機感抱くエンタメ業界 声優・アニメ・演劇団体と共同記者会見

株式会社ジュリエットでは、芸術・クリエーションに携わる人のための事務作業代行サービス『ペリクリ』を運営しています。

出典:AFF2やインボイス制度から見えてくる、文化芸術業界が苦手な事務作業
この記事は筆者に一部加筆修正の了承を得た上で掲載しております。

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青木治夫
株式会社ジュリエット 代表

投稿者プロフィール
オリックス銀行、オリックス社長室での新規事業企画を経て、ライブドア勤務。
転職したわけではないのにライブドアがLINEに買収されたのでLINEに移る。その後、転職したわけではないのにまた事業買収されてミクシィに移る。
しまいに買収する側の業務もおこなうようになり、買収後の企業のPMIにも従事。
ITツールを駆使して、事業承継期やベンチャー期にある企業の業務プロセスの改善や、バックオフィス業務の効率化をおこなっている。

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