「人生三分割」の極意 人生最終章の起業!

人生を、「学習」「実践」「総括」という3つの章で捉えた場合、最後の章は自分へのご褒美と言えるかもしれません。趣味でも仕事でも、好きなことに使えることは幸せですが、より積極的な貢献で社会と関わってはいかがでしょう。後進を育成して前の2つの章での借りを返すのです。しかし、環境の変化が激しい世の中、自分が受けた育成方法では若い人にうまく機能しないなど、かつて培ったものだけでは通用しないこともでてきます。一般社団法人新潟スモールM&A協会代表理事の鈴木浩一さんは、事業経営・譲渡を経て60歳の時に大学で学び直したのち現在の協会を立ち上げました。スモールM&Aを通じて中小企業の力になりたいと語る鈴木さんに、老後ではない人生の最終章を創造する極意について伺いました。

第一章で世の中に役立つことを学ぶ

 ――「人生三分割」とは聞きなれない言葉ですが

鈴木氏――そりゃそうでしょう。私も聞いたことがありません(笑)。何でも3つ程度に分けると物事が分かりやすくなります。まさか、この年齢になって新規事業を立ち上げるとは思っていませんでしたが、使命感に駆られました。

人生を三分割したら、現在はその最終章。これまでの経験を生かして、中小企業のために後継者不足の問題に取り組みます。

――人生三分割 第一の章を教えて下さい

鈴木氏――最初の三分の一は、親にお金を出してもらって勉強する時期。人間としての土台作りです。大いに遊び、大いに学ぶ、をモットーに楽しい時を過ごしました。商業高校で会計学を学び、会計簿記の2級を取得。冬は新潟の雪山をスキーでガンガン滑り、夏は太陽の下、スポーツに励み国体(バレーボール)にも出場しました。危険を承知で、台風で増水した川を友人とイカダで下り、2回も死にかけたのは懐かしい思い出です。

この時期は人間形成の大事な時期です。何でも吸収できる好奇心旺盛な時期に、感性を研ぎ澄まし、次のステージへ向けての土台をつくる時期です。今でも、元気なのはこの時期にメンタルと身体を鍛えることができたからだと感じています。

第二章は学んだ事で世の中に尽くす

――三分割 その2は何でしょうか

鈴木氏――次はビジネスでの実践ステージです。高校を卒業して3年間、東京で修行したのち帰郷して、21歳でゼロからおもちゃ問屋を立ち上げました。新潟県内のおもちゃ屋のみならず、近県のおもちゃ屋とも広く取引を開始。創業当時は長岡市に本社を構え、新潟のダイエーに納品してほしいと依頼があった。その後、ダイエーの店舗のみならず、他の量販店(ジャスコ、ヨーカ堂、ニチイ等)との取引も始まり、本社も長岡市から新潟市へ移転しました。

テレビゲームが出始めた頃にはゲーム販売にも力を入れました。任天堂の代理店になり、その次にはSONYから是非代理店をやってほしいと声がかかり、双方とも代理店となりました。

1980年代ですが毎年順調に業績を伸ばし、ピーク時は年商38億円。50名ほどの社員と共に会社を経営しました。

ただし、良い時はそれほど長くは続きません。販売先の倒産などで不良債権が発生しました。その後、売上も減少傾向にある中、中古品販売事業で急拡大していたハードオフ社から共同事業の打診がありました。協議を重ねた結果、事業譲渡が双方ベストと判断し、従業員の雇用を条件に譲渡しました。ちょうど60才還暦を迎えた時でした。

――何と20年前に売手としてM&Aを経験されていたのですね

鈴木氏――当時はM&Aという認識はありませんでしたが、実際に大手企業に事業をお譲りした訳なので、そうですね。今でいえば再生型のM&Aですね。そして、会社の一切の整理が済み、以前から考えていたコンサルタントの仕事をやりたいという気持ちが強まりました。

その前に、経営学をもう少し学術的に学びたいと思いました。すぐに新潟大学の教務課を訪問し、その日の午後にあった経済学の授業に出させて頂き入学を決めました。

第三章では世の中に恩を返す

キーワードは「学び直し」

――60歳で大学ですか。当時は珍しかったのでは

鈴木氏――もちろん60歳の生徒はただ一人。若い学生が後ろの方の席で居眠りする中、最前列に座り熱心に学んだ。非常に楽しかった。当時、新潟大学の教授だった山口直也教授(現青山学院大学教授)のもとで会計学を学び、大いに語り合いました。経営を実際に行ってきた生徒が珍しかったのだと思います。他にも、マクロ・ミクロ経済学、経営学、管理会計など、各教授をご紹介頂き一年間しっかりと学びました。

――一年後どうされたのですか

鈴木氏――経験を活かして中小企業のコンサルタント業をスタートしました。最初の一年は、中小企業診断士について回ったが、逆に知人の社長を紹介する立場になりました。二年目からは、自分ひとりで中小企業のコンサルタントをスタート。手書きで「経営革新計画書」を50社ほど申請しました。そのような活動があったので、経済産業省の「経営革新等支援機関」の資格を取得できたのだと思います。

「経営革新計画」の支援が柱でありましたが、補助金や助成金のコンサルタントも実施し、当時はハローワークとともに雇用調整助成金等の3点セット(約200万円)を80社ほど申請しました。

人生に老後なんてない

――中小企業向け経営コンサルタントのはしりですね。M&Aの団体を立ち上げた理由は

鈴木氏――多くの経営者と接するうちに、「後継者がいない」「後継者を育成してこなかった」「この時代のスピードについていけない」等、後継者に関する課題を私が考えている以上に多く耳にしました。

その問題を解決するためにはどうすればよいのか。課題解決をビジネスとしてお手伝いするとしても、もっと勉強が必要だと痛感しました。そのような時、知人の紹介で、つながりバンク代表の齋藤由紀夫氏に出会い、スモールM&Aの重要性を強く感じたのです。

――どのようなアクションを起こしたのですか

鈴木氏――新潟でもスモールM&Aの情報を共有したいと考え、各士業の方々に声をかけ、弁護士、会計士、税理士、司法書士、行政書士、コンサルタントとチームを作り、齋藤氏を講師に招き2019年10月から合計6回、勉強会を実施しました。

勉強会終了後、せっかく勉強したのだからこの学びを生かそう!と、参加者と共に2020年10月に、一般社団法人新潟スモールM&A協会を立ち上げました。勉強会をきっかけにして、新潟の良いところを掘り起こし、地域密着の事業承継を通して中小企業の力になりたい!と立ち上げたのです。現在は、4件の案件が進行中です。

Z-EN撮影写真

――手ごたえは如何ですか

鈴木氏――協会という器をつくったこと、実務をこなせる実務家が揃ったことから、各方面から案件消化や相談が増えてきています。個人的には、じっくりと時間をかけて、1年掛かりで1件のスモールM&Aを2021年3月に成就させました。

中古車販売の若い社長と、引退を考えていたディーラーの社長を引き合わせ、度重なる課題を解決しながらようやく成就させることができました。とてもやりがいのある仕事です。

今後も、進行中の案件にじっくりと取り組み、お客様が一番納得のいく形で課題解決をお手伝いしていきたい。また、新潟スモールM&A協会の若手メンバーには、現場を通して自身の経験やノウハウを伝えていくつもりです。

――今後の志を教えてください

今は、人生三分割の最終章ですが、最終章は人の役に立つ仕事をし、終えたいと強く思っています。

鈴木さんの座右の銘 ホワイトボードに書いて自身を戒めているとおっしゃる。

利他に生き、地域貢献をしたい。自身がM&Aの売手として事業承継を経験し、コンサルタント事業も行ってきました。これまでの経験を生かして、スモールM&Aを通じて中小企業の力になっていきたいのです。

※認定経営革新等支援機関とは、2012年施行の「中小企業経営力強化支援法」に基づき、専門知識や一定の実務経験を持つ税理士や弁護士、金融機関などの支援機関を国が審査し、認定するものです。中小企業や小規模事業者の経営課題の解決を支援する機関として中小企業庁が所管しています。

鈴木浩一
一般社団法人新潟スモールM&A協会 代表理事/NBCニイガタビジネスセンター 代表

投稿者プロフィール
20代で起業して年商38億円までに育てた経験を持つ。その後、新潟大学で会計学や経営学を学び直し、NBCニイガタビジネスセンターを開業。国から認定された「経営革新等支援機関」として経営革新計画の承認サポートを行うほか、補助金・助成金申請サポート、事業承継・M&Aサポートを提供している。座右の銘は「批評は謙虚に、賞賛は惜しみなく、破壊と対立は避けること」

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