中小企業を未来に繋ぐ!中小企業診断士にいま求められること(前編)

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日本国内にある400万を超える企業のうち、99%以上を占める中小企業。中小企業診断士はその中小企業を支える立場として、コロナ禍が社会的、経済的変動を起こしたいま、変革や存続に対する悩みや課題を抱える多くの経営者に寄り添っています。日本の未来を担う中小企業に今、何が起こっていて、どう未来に繋がっていくのか。中小企業診断士として企業の再生や幕引きに数多く立ち会い、夫の会社の倒産も経験されたご経歴を持つ、有限会社リンク・サポート代表の筒井恵さんにお話を伺いました。筒井さんが現場で見てきたリアルは、中小企業経営者必読です!

中小企業の伴走者”中小企業診断士”とは

Z-EN――筒井さんが広くご活躍している中小企業診断士について教えてください。

筒井恵氏(以下、筒井氏)――中小企業診断士とは、中小企業の発展のため、中小企業の経営について診断・助言を行うことについて一定の能力を有すると認められる者のことを指します。
中小企業の平時の経営維持に加え、時には破産や再生、承継という大きな局面での手続きなどにも伴走し、経営者の実務面のみならず精神面の支えとなっています。

資格は5年間ごとの更新制で、平成31(2019)年4月1日時点で約27,000人の診断士が登録されています※1
税理士が79,932人※2、社会保険労務士が42,887人※3なので、士業のなかでは少ない方でしょう。
そのうち、女性は10〜20%だけで、いわゆる男性社会ですね。
特に、地方には女性の中小企業診断士はほとんどいません。

※1 経済産業省 中小企業診断士
※2 日本税理士会連合会 税理士登録者数(令和4年7月末日現在)
※3 社会保険労務士白書(令和2年3月31日現在)

数少ない女性診断士としてのスタート

私が香川県で中小企業診断士の資格を取った1997年は、女性の先輩は1人か2人
資格取得して2年後に独立しましたが、当時は女性診断士が珍しかっただけでなく、診断士の知名度が低く、なかなか仕事に繋がりませんでした。

初めて扱った案件は、地元企業の事業全般の支援と社員育成のコンサルティング。
成功報酬の条件で契約を取り付けました。
そのコンサルティングを成功させた後、企業に負担をかけない形で少しづつ受注し経験を積み、かがわ産業支援財団などの公的機関に登録できるようになりました。

実は香川県では、“支店産業”と呼ばれるほど東京に本社を置く企業の支店が多いのです。
そこで私もコロナ前は週2回ほど東京に出張して仕事をこなしていました。
今は打ち合わせや相談業務の多くがオンラインになりましたが、それでも月2回は東京に出向いています。

中小企業の力になりたいとの思いに駆られて

――中小企業診断士としてお忙しく活躍されている筒井さんのご実家はご商売をされていたのですね。筒井さんご自身はいつごろから中小企業をサポートしていこうと思われたのですか。

筒井氏――はい。父が1956年に建築金物工事業の会社を香川県で創業しました。
社員10人からスタートし、建築金物の設計や施工などを行っていたのです。
私が小学校に上がる頃に父が他界し、母が後を継いで社長に就任しましたが、実質的な経営は創業当時からの「番頭さん」である専務取締役に任せていました。

私は、あまり父と話した記憶はなかったのですが、後に社員の方から父の仕事ぶりを聞いたり、工場に近い環境にいたりしたせいか、中学生の頃から「将来は中小企業のお手伝いができる仕事に就きたい」とおぼろげに考えるようになっていきます。

1985年、母の会社に職人として入社した男性と翌年に結婚し、同時に私は中堅量販店の電算室でSEとして働き始めました。
でも、中小企業診断士という資格があることを知り、同時に子どものころの想いを叶えたいと一念発起。
長女出産を機に退職してから資格取得の勉強を開始し、次女の出産を挟んで、1997年に合格しました。

1998年に創業し、翌年に現在経営する有限会社リンク・サポートとして法人化しています。
育児と会社経営の両立は忙しかったものの、充実した毎日を過ごしていましたね。

承継後の破産、再チャレンジを経験

――その後、お父様が創業された事業の幕を引くご経験をされたこと、ご著書『会社の正しい終わらせ方』に綴っていらっしゃいます。大変な経験をなさいましたね。

筒井氏――父の死後、母が承継した会社はバブル期に工場、事務所、店舗と新社屋建設などで大きな借り入れをし、バブル終焉と景気後退で業績が厳しくなりました。

そこで、経営面を建て直すために夫が社長に就任したのです。
もともと職人気質な人ですから、「この会社で、ものづくりを続けたい」という想いで何とかやりくりしていました。
ところが実際は、資金繰りが苦しくなる度に母と私の会社が穴埋めし、相当な額が貸付金として流出する状況でした。

2012年2月6日の朝5時、東京への出張支度をしようとリビングに入ると、真っ暗で底冷えのする部屋で、黒いカタマリのように夫がうずくまっていました。
ひと目で状況が把握できました。
「もう、どうにも回らなくなった…」という夫のつぶやきと、渡された資金繰り表を見て、これ以上会社を存続させようとすることは夫の命に関わると判断し、父が創業した会社を破産させることを決意しました。

リンク・サポートは、金融機関を除くとほぼ筆頭債権者で、かつ一部連帯保証をしていましたので、それまでコンサルで稼いだものを資金繰りのために横流しし、さらに破産後の弁済も加わって、文字通りの「すっからかん」を経験しました。

『会社の正しい終わらせ方』
筒井恵著(日経BPコンサルティング)

家族の結束で再起を目指す

――2人の娘さんは当時、ご両親の様子を目の当たりにしていたのですね。

筒井氏――当時は家の中で資金繰りの話などもしたことがあり、子どもたちにはだいぶ苦労させました。
でも、夫の会社の破産という経験は、家族の結束を強めるきっかけとなったのも事実です。

本では、夫の会社の破産による私たち家族の経験と再チャレンジドキュメント、私が支援した他業種の再チャレンジプラン事例などを紹介しています。
ぜひとも経営者とご家族の方に読んでいただき、混とんとした時代を笑顔で生き抜いていただきたいという思いです。
長女が4コマ漫画などの絵を描いてくれて、倒産当時に高校生で、出版の時には大学生だった次女が書いてくれた作文も掲載しています。

――娘さんの作文の最後の言葉が、本当に心に沁みます。

父の会社が倒産した当時のことを、私は正直いってよく覚えていません。
ただ、怖くて逃げていました。
母がお金の話をし始めるたびに、父が会社の話をし始めるたびに、自分の部屋に、祖母の家に、逃げていました。

(中略)

父と母に呼ばれ、父の会社を閉めることになったと聞いたとき、どうしようもないくらい安心しました。
母が泣かなくてよくなること、父が死を選ばなかったこと…。
会社なんて、私にはどうでもいいことでした。
この暗くて重たいリビングがなくなることが、嬉しかった。

(中略)

昨年、母は父の誕生日に仕事で使う軽トラックをプレゼントしました。
一度傾きかけた我が家ですが、私たち家族はいま、幸せです。

※一部引用

筒井氏――折々に孫を連れて里帰りしてくれる娘が結婚した相手は、サラリーマン。だいぶ苦労しているから、経営者は避けたかったのでしょう。

出典:『会社の正しい終わらせ方』 筒井恵著(日経BPコンサルティング)

▶ご家族の会社の破産という大きな経験も、家族で力を合わせることで乗り切り、さらに家族のつながりが強まったという筒井さん。そういったご経験をされた中小企業診断士として、お困りの社長さんにどんな言葉を掛けられるのか、気になるところです。

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筒井恵
有限会社リンク・サポート 代表取締役

投稿者プロフィール
有限会社リンク・サポート代表取締役、中小企業再生承継研究会(略称:CSS研)代表。
中小企業診断士、認定事業再生士(CTP)、ITコーディネータ、千葉商科大学客員講師。
中小企業診断士として、事業再生、破産手続きの支援を手掛ける。
食品流通業、食品製造業、建設業の受託が多い。
共著に「中小企業経営革新計画・実践支援マニュアル」(同友館)、「企業再生支援の進め方」(同友館)がある。
公的支援では(公財)かがわ産業支援財団専門家、よろず支援拠点コーディネータ、東京都、埼玉県等の中小企業活性化協議会専門家で企業個別相談を担当。

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