コロナ禍で取引が過熱するビットコインとは何か

アメリカの個人投資家でも、ミレニアル世代はテック関連の株式に直接投資すること好むようですが、コロナ禍では代替資産として「暗号資産(仮想通貨)」(以下、暗号資産※)に注目したようです。「暗号資産」とは、銀行などの第三者を介することなく、財産的価値をインターネット上でやり取りすることが可能な仕組みです。近年、日本でも高い注目を集めていますが、その成り立ちや歴史について知る人は多くはないようです。そこで、20代の頃から暗号資産や海外不動産などに投資をし、日本では経営戦略・戦術に関するアドバイザーも行っている中島宏明氏の解説で、暗号資産の代表格であるビットコインの『普及の歴史とその先』を2回に分けて紹介します。今回のテーマは、ビットコイン普及の歴史です。

※2020年5月施行 資金決済法・金融商品取引法等の改正により、法令上「仮想通貨」から「暗号資産」に呼称変更されました。

提唱から3か月経たずに運用開始

世界で最初の暗号資産であるビットコインの歴史は、暗号資産の歴史そのものであり、普及の歴史でもあります。

始まりはメーリングリスト

ビットコインは、2008年10月31日にサトシ・ナカモトと名乗る人物、あるいはチームが、クリプトグラフィー(暗号技術)メーリングリストに投稿した、電子通貨に関する論文によって提唱されました。ビットコインは、学会論文ではなく、インターネット上の論文から生まれたのです。

記念すべきビットコインの初取引

2009年に入ると、サトシ・ナカモトによって、ビットコインを管理するソフトウェア、ビットコインコアの初版(バージョン0.1)がリリースされます。これとともにビットコインの運用が開始され、ビットコインネットワークには誰でも参加できるようになりました。

ビットコインは、ブロック(取引記録)がチェーンのようにつながってシステムを支えます。このブロックチェーンの最初のブロックは「ジェネシスブロック」と呼ばれ、1月3日より公開されることとなります。

そして、1月12日には、サトシ・ナカモトから、プログラマーで暗号化研究の専門家だったハル・フィニー氏へ50BTCが送信され、世界初のビットコイン取引が行われました。クリプトグラフィーメーリングリストに送られてきたサトシ・ナカモトの論文に最初に興味を持ったフィニー氏が、世界初のビットコインホルダーとなったわけです。

法定通貨との交換レートが提示される

10月には、ニューリバティスタンダードによってビットコインと法定通貨の交換レートが初めて提示されました。このときの価格は、1ドル=1309.03BTCで、ビットコインのマイニング(取引を承認する作業)に必要な電気料金から計算された価格でした。

サトシ・ナカモトの論文が発表された2008年から2009年の時点では、ビットコインを知る人は世界中でも極わずか。知る人ぞ知るマイナー通貨だったと言えます。

しかしその後、ビットコインは、サトシ・ナカモトの論文に賛同した世界のプログラマー(暗号技術者)によって改良が重ねられ、当初のプログラムから、90%以上が改良されたとも言われています。「90%以上の改良」には驚きますが、2009年以来、ビットコインの仕組みは止まることなく稼働し続けているのは凄いことです。どんなにマーケティングが巧みでも、肝心なプロダクトがしっかりしていなければ稼働し続けることはできません。

ビットコイン初の取引と決済、企業での決済導入まで

ビットコインの初決済はピザの購入で

2010年2月、ビットコインと米ドルを交換するオンライン取引所のビットコインマーケットがアメリカで開設され、ビットコインの売買ができるようになりました。ビットコインマーケットでの初めての取引は、1BTC=8セントでした。

5月には、フロリダで世界初のビットコイン決済が成立し話題になります。暗号資産について議論を交わす掲示板のビットコインフォーラムに、エンジニアのラースロー・ハネツ氏が、「ビットコインでピザを買いたい」と投稿し、その4日後に取引が成立したのです。これは、「ビットコイン・ピザ・デー」として知られる有名なエピソードです。

このときハネツ氏は、約25ドルのピザ2枚を1万BTCで手に入れました。ただし、ピザ屋さんがビットコインの価値を認めたわけではなく、代理購入したにすぎません。しかし、この2枚のピザの決済が、ビットコインのさまざまな可能性を示唆したといえます。

オンライン取引所の開設で普及が加速

7月には、プログラマーのジェド・マケーレブ氏がビットコイン取引所のマウントゴックスを開設し、ビットコインの取引を開始しました。マウントゴックスは、2007年に立ち上げたものの休眠状態にあった、トレーディングカードのオンライン取引所に用いたドメイン名を復活させる形で開設されました。その後、世界中で取引所が開設されるようになっていきます。

2011年3月になると、ジェド・マケーレブ氏はティバン社(本拠地:日本)にマウントゴックスを売却します。同社は東京在住のフランス人プログラマー マルク・カルプレス氏が経営するウェブホスティング運営会社であり、マウントゴックス社は日本に本社登記のある会社が運営する最初のビットコイン取引所になったのです。2011年の時点では、日本での取引所開設には登録も許可も必要ありませんでした。日本の金融庁が、「仮想通貨交換業者(現、暗号資産交換業者)」の登録制度を導入したのは、このずっと後2017年4月のことです。

同月、イギリスでは英国初のビットコイン取引所ブリットコインが、ブラジルではビットコインブラジルが開設されました。4月には、ビットマーケット・euが開設され、ユーロとズウォティ(ポーランドの通貨)を含む複数の通貨間での取引ができるようになりました。

「ビットコインや暗号資産を保有したい」と考えたとき、入手手段としてもっとも身近な存在は取引所でしょうから、世界中で正当な取引所が増えていくことはホルダーとして有難いことです。

ビットコインATMの設置で“実体化”

取引所以外では、2013年10月に、世界初のビットコインATMがカナダのバンクーバーに設置されました。ビットコインATMとは、現金によるビットコインの購入や売却に対応した現金自動預払機のことです。2020年9月の段階で、世界71カ国に設置されており、その台数は10,000台を超えています。

2014年には、世界中でさまざまな企業がビットコイン決済の導入を発表して話題になりました。1月にはアメリカのネット販売大手のオーバーストックドットコム、6月にはオンライン旅行代理店大手のエクスペディア、7月にはパソコン大手のデルが、9月にはペイパルがアメリカ国内でビットコイン決済への対応開始を発表。12月には、マイクロソフト社がアメリカ在住者限定でビットコイン決済の受付けを開始しています。2014年は「ビットコイン決済元年」と呼べるかもしれません。

日本では、2016年3月にDMM.comでビットコイン決済が可能になりました。DMM.comは、ビットコイン決済を導入した日本で最初の大手企業です。

このように、オンライン取引所が開設されて以降は注目の機会が増え、最近ではビットコインをはじめとした暗号資産の情報に触れる機会が多くなりました。次回は、ビットコインの未来予想です。

出典:ビットコイン普及の歴史とその先
この記事は著者に一部加筆修正の了承を得た上で掲載しております。

中島 宏明

投稿者プロフィール
1986年、埼玉県生まれ。2012年より、大手人材会社のアウトソーシングプロジェクトに参加。プロジェクトが軌道に乗ったことから2014年に独立。一時インドネシア・バリ島へ移住し、その前後から暗号資産投資、不動産投資、事業投資を始める。現在は、複数の企業で経営戦略チームの一員を務めるほか、バリ島ではアパート開発と運営を行っている。

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