【書評】多様性が価値ある異なった意見を生み出す
- 2021/8/11
- 書評
英『タイムズ』紙の第一級コラムニストであるマシュー・サイドは、『多様性の科学 画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織 』で、組織は多様性という視点を取り入れることで、さまざまな社会課題を解決できると主張しています。なぜ課題解決において多様性が大切なのか、また多様性を生み出す組織の文化や仕組みとはどのようなものなのでしょうか。企業を強くする戦略策定の観点から、書評ブロガーで、企業支援のエキスパートとしてご活躍の徳本昌大氏の書評から紹介します。
多様性の科学 画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織
著者:マシュー・サイド(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
目次
本書の要約
多様性のある組織をつくることで、イノベーションを起こせるようになります。著者は、日常に多様性を取り込むために「無意識のバイアスを取り除く」「陰の理事会(Shadow Board)をつくる」「与える姿勢を心がける」という、3つの要素の大切さを指摘します。
イノベーションを起こす組織に多様性は不可欠
チーム作りそのものに限らず、チームワークやコラボレーションにも多様性は大きく関わる。多様な意見は秩序を乱す脅威ではない。組織や社会を活性化する力だ。率直な反対意見も成長には欠かせない。第三者に意見を求めるのは、チームへの忠誠心が足りないからではなく、忠誠心が高いからこそ。新たなアイデアを融合して、新たな挑戦のために結束力を高めていくためだ。今や融合のイノベーションを起こさずに、急速に変化する世界についていくことはできない。
同じ考え方の人間ばかり集めても、イノベーションをもたらす「反逆者のアイデア」は出てこないものです。同じ視点ばかりでは、物事を新たに学ぶチャンスは得られません。
風通しを良くする
多様性を活かしてイノベーションを起こす組織をつくりたければ、多様性の本質を理解しなければならないでしょう。世界的なヘッジファンド運営会社、ブリッジウォーター・アソシエーツでは、新入社員に多様性の重要性を教えると言います。同社では、率直に反対意見を述べる者、人と異なることを恐れない者、第三者から新たな知恵やアイデアを求めようとする者が評価されています。
創業者のレイ・ダリオは「素晴らしい企業文化では、問題や意見の相違が水面下に潜ることなくうまく解決される」と述べています。同社では、誰もが率直に発言できる環境をつくり、徹底した透明性を確保して、有意義な仕事、有意義な人間関係につなげることを常に目指しています。
企業にとって重要なことは社会にとっても重要です。新たなアイデアを奨励し、異論を排除せず、強力なネットワークを広げて反逆者のアイデアを生み出し、融合のイノベーションを起こすことで組織は強くなります。同じ意見を持つ集団のままでは、同調圧力に屈してしまい、組織は進化できなくなります。
イノベーションはたった1人の天才が起こすわけではない。人々が自由につながり合える広範なネットワークが不可欠なのだ。
常に自問自答する
イノベーションを起こす組織をつくりたければ、リーダーは多様性を生み出す次の問いを常に持つべきです。
- 集団の中で人々が自由に意見を交換できるか?
- 互いの反論を受け入れられるか?
- 他者から学ぶことができるか?
- 協力し合えるか?
- 第三者の意見を聞き入れられるか?
- 失敗や間違いを許容できるか?
多様性を柔軟に生かすために必要な3つのこと
著者は日常的に多様性を取り込むために必要なことを、科学的な観点から明らかにしています。答えが1つではない課題に対して、違う考え方を持つ人と対処することが大切なのです。
無意識のバイアスを取り除く
人は自分では気づかないうちに偏見や固定観念に囚われがちなものですが、この「無意識のバイアス」こそが多様性を妨げます。世の中の才能ある人々が、人種や性別に関する無意識のバイアスによって理不尽にチャンスを奪われるケースが多々あるのです。
1970年代のオーケストラでは、入団審査で男性が優先されていました。ハーバード大学の経済学者クラウディア・ゴルディンとプリンストン大学の労働経済学者セシリア・ラウズは、演奏者をカーテンで仕切って、容姿性別が判らないようにした入団オーディションを提案します。その結果、女性演奏者の1次審査通過率は1.5倍に上がり、最終審査通過率は4倍にも達しました。それ以降、主要なオーケストラにおける女性演奏家の割合は5~40%近く増えています。
審査員たちは、この制度が取り入れるまで、性差別への自覚が全くありませんでした。自分たちが演奏の腕ではなく固定観念で選別をしていたことに、それまでまったく気づいていなかったのです。この無意識のバイアスを取り除くことができれば、組織は外見に惑わされず才能ある社員を採用できるようになります。
陰の理事会(Shadow Board)をつくる
重要な戦略や決断について、若い社員が上層部に意見を言える場をつくることで、年功序列の壁が取り払われます。世代によって文化的な背景は異なりますが、同世代間での意見交換しかしないでいることが無意識のうちにものの見方や考え方にさまざまな影響を及ぼしてしまうのです。
多様性を柔軟に生かすためには、有能な若手の人材を組織内から広く集め「陰の理事会」をつくることが有効です。ここでは、上層部の意思決定に関し若い社員が定期的に意見を述べることが許され、上層部にとっては、世代を超えた多様な意見に触れて視野を広げられる「テコ入れ」の機会になります。活発な意見交換によって反逆者のアイデアさえもがスムーズに流入する組織は、活性化していくのです。
企業経営の専門家ジェニファー・ジョーダンとマイケル・ソレルの両氏は、高級ファッションブランドのプラダとグッチの経営状態を比較する論文を発表しました。プラダは長年ずっと高利益を誇ってきましたが、2014~2017年には売り上げが落ち込みました。同社は2018年、「デジタル化の重要性に気づくのが遅かった」ことを公式に発表しています。CEOのバトリッツィオ・ベルテッリも「我々は間違いを犯した」と認めています。
一方のグッチは「陰の理事会」を設け、若い人材とベテランチームとの定期的なコミュニケーションを図っていました。役員会議で取り上げる問題について同社の若手社員が出す意見は、「上層部にとって警鐘となった」と言います。事実、グッチの売り上げはインターネットなどのデジタル戦略が功を奏し、2014~2018年度において、34億9700万ユーロ(約4390億円)から82億8500万ユーロ(約1兆400億円)へと136%の伸びを見せました。
与える姿勢を心がける
多様な社会において他者とのコラボレーションを成功させるには、自分の考えや知恵を相手と共有しようという心構えが必要になります。そうした「与える姿勢」があって初めて、受け取る機会を得られます。
組織心理学者のアダム・グランドが提唱した、GIVER、TAKERという概念があります。600人以上の医学生を対象にした研究によると、ギバー(与える人)の価値がわかります。
他者にほぼ無関心なテイカー(奪う人)は、1年生のときに非常に好成績を収めることができました。彼らはまわりの人間からうまく情報を抽出しますが、自分からはほぼ何も出さず、あらゆる努力を自身の進歩のみに使いました。
一方、人のために時間を割いて自分の情報を共有しようとするギバーは、成績で後れをとりました。しかし2年目になると、他者に協力的なギバーは成績を上げ、3年目にはテイカーを抜いたのです。そして最終年には、さらに大きな差をつけてギバーが優秀な成績を収めました。
当然、テイカーが勝利を収める場面もありますが、データによれば、幅広い場面において、ギバーが勝利を収めていることが明らかになっています。
ギバーの中でも最大級の成功を収めた人々は、戦略的でもあり、常に有意義な多様性を求め、搾取されていると感じたときにはコラボレーションを断ち切るというデータも出ています。彼らは協力的な姿勢でチームワークを高めて結果を出す一方、パートナーに「ただ乗り」されるリスクを減らす努力もしています。
できる限り「自分のために価値を得よう」とするか、それとも「他者に価値を与えよう」とするかの選択が成功を左右します。ギバーになり、他者に貢献することで、私たちはよりよい結果を得られるようになります。
徳本氏の著書「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
出典:徳本昌大の書評ブログ!毎日90秒でワクワクな人生をつくる「日常に多様性を取り込むために重要な3つのこと」
この記事は著者に一部加筆修正の了承を得た上で掲載しております。