【書評】組織や社会に潜む無意識のバイアス~克服するためのイノベーション
- 2024/6/1
- 書評
多くの人々が公正・公平でありたいと思っているにもかかわらず、差別や偏見といったものがなくならないのは無意識のバイアスが働くからだと、『無意識のバイアスを克服する 個人・組織・社会を変えるアプローチ』の著者ジェシカ・ノーデルは述べています。意図しないバイアスによって生じる問題に私たちはどのようにアプローチしていけばよいのか。企業支援のエキスパートとしてご活躍の書評ブロガー、徳本昌大さんの書評で解説します。
無意識のバイアスを克服する 個人・組織・社会を変えるアプローチ
ジェシカ・ノーデル(河出書房新社)
目次
本書の要約
無意識のバイアスを克服するためには、個人、組織、社会全体が協力して、バイアスを克服し、差別のない世界を築くための努力を継続していくことが不可欠です。同時に、組織の文化を変えて個々の違いを受け入れる環境を作り上げ、多様性と包括性を推進することも欠かせません。
「無意識のバイアス」による差別の実態
たとえ悪意がなくても、公平に接しているつもりでも、人を差別してしまうことはある。 公正でありたいという気持ちと、現に起こっている差別との落差を言い表すために生まれたのが、「無意識のバイアス」という言葉だ。
人々は公平な態度を心がけているにもかかわらず、無意識のバイアスによって差別行為をしてしまうことがあります。
実際、性別移行を経験した女性教授が男性になったことで、かつて受けていた女性差別をはじめて実感する事例が本書の冒頭で紹介されています。
大学院への応募では、名前によって返信率が異なることが指摘されています。
インド系や中国系、ラテン系、黒人、女性などを連想させる名前の場合、白人男性的な名前よりも低い返信率となることが明らかになっています。
同性婚のカップルが住宅ローンを断られたり、不利な条件を課されたりすることも珍しくありません。
さらに、ある研究では、同じ犯罪歴があっても黒人よりも白人の方が企業の書類選考に有利であることが示されています。
このような社会的なバイアスを克服するためには、意識改革だけでなく、法的な規制や教育の充実が重要です。
差別のない社会を築くためには、多様性を尊重し、公平な機会を提供することが必要不可欠です。
無意識だからこそなくならない差別
サイエンスライターで科学・文化ジャーナリストである著者のジェシカ・ノーデルは、上記のようなバイアスを克服する実践的なアプローチを本書で提案しています。
本書に取り上げられている事例は、バイアスや差別が私たちの社会に根強く存在していることを示しています。
ほとんどの人は、他人を傷つけたり不平等な扱いをしたりする意図はないと著者は言います。
それでも、差別的な行動をとることが多々あるのです。
そこで、公正でありたいという気持ちと現実に存在する差別とのギャップを表す「無意識のバイアス」に着目し、その存在に向き合うことが重要なのです。
無意識のバイアスの存在は、悪意や強い偏見がなくても差別が起こりうることを示しています。
人種差別や性差別を公然とする人の一方で、自身は公平だと思っている多くの人も、無意識のうちに有害な行動を取ってしまうのです。
バイアス行動はどこにでも存在しますが、ほとんどが無意識のレベルで行われているという点が深刻さを物語っています。
バイアスは社会を後退させる
バイアスは個人の自己実現を阻害し、能力や才能を十分に発揮できない状況を生み出すことがあります。
これは、社会全体の発展や進歩を妨げる重大な問題です。
バイアスが社会に浸透すると、多様性や包摂性が妨げられ、特定のグループや個人が不当な扱いを受ける可能性が高まります。
結果、社会の調和や平等が損なわれ、不公正な状況が生じます。
たとえば、マイノリティを感じさせる名前や外見に基づく差別が、職場や学校で起こることです。
無意識なバイアスは、生活のあらゆる場面に浸透し、外的な条件だけでなく、バイアスを受ける人の内面にも影響を与えます。
教育現場でのバイアスは学生の学びの足かせとなり、医療提供者のバイアスは患者の予後に影響し、警察官のバイアスは無実の人の命を奪う可能性さえ生じさせるでしょう。
こうしたバイアスの蓄積が人々から仕事のチャンスを奪い、健康を損なわせ、家族や地域の安全を脅かすことにまで発展していきます。
バイアスは個人の未来を台無しにするだけでなく、世の中の才能やアイデアの芽をつぶし、社会の進歩を妨げるものとなるのです。
無意識のバイアスの存在を意識しよう!
この問題を解決するためには、個人や組織がバイアスについての意識を高め、常に公正な判断をするよう心がけることが求められます。
バイアスは小さな積み重ねで大きくなり差別を生む、という事実を忘れずに、無意識に生じるバイアスを常に意識していく必要があります。
マインドフルネスによる効果
でもバイアスは生まれつきのものではない。学習によって身につけたものだ。身につけたのなら、脱ぎ捨てることも可能なはずだ。
アメリカの黒人が警察からの差別や迫害を受けていることは明らかです。
この課題を解決するために、オレゴン州の警察ではマインドフルネスを導入しました。
結果、武力行使が減り、効果が出始めたという報告があります。
マインドフルネスは、気づきや注意力を高め、価値判断を留保する能力を向上させることができます。
これにより、これまで見えなかった現実が見えてくることが期待されます。
マインドフルネスは、これまで個人のメンタルとの関わりで研究されてきて、対人関係や社会的行動への影響についての研究はまだ初期段階ですが、有望な結果が出ているのも事実です。
マインドフルネスの瞑想を実践した人々は、人種や年齢に関する潜在的バイアスが少なく、自動的な反応も解きほぐされることが観察されました。
マインドフルネスには、人とのつながりを拡張する効果もあるからでしょう。
相手の立場で理解する
「慈悲の瞑想」と呼ばれる手法は、自分や他人を慈しむ気持ちを養い、苦しんでいる人々をケアする思いを促します。
この瞑想では、目を閉じて座り、大切な人や苦しんでいる人を思い浮かべ、その人々の健康や幸せを祈ります。
これにより、相手の視点に立つだけでなく、実際に相手の見方を理解することができます。
バイアスを克服するための戦略のひとつは、相手の視点に立つことです。
そして、相手と深い関係を築くことで、相手の見方を理解できるようになります。
多様性の確保
MIT(マサチューセッツ工科大学)は、女性教員の積極的な支援を通じて、女子学生や黒人などのマイノリティの参加を促進し、多様性を推進しています。
女性教員の存在は、教育機関全体の多様性と包括性を高めるだけでなく、研究成果や学術的な革新にもプラスの影響を与えています。
異なるバックグラウンドや経験を持つ教員が協力し合うことで、より創造的で革新的なアイデアが生まれ、学問の発展に貢献しています。
また、女性教員の数が増えることで、女性の研究者や教育者のネットワークも拡大し、業界全体のジェンダーギャップを縮小する一助となっています。
組織文化に変革を
多様性の推進だけでは、バイアスを修正できないと著者は指摘してします。
公正さや長期的な成功を確保するには、より包括的なアプローチが必要です。
それは、組織の文化を変えることです。
個々の違いを受け入れ、誰もが安心して自己表現できる環境を構築することこそが重要なのです。
個人の意識や行動の変革はバイアスの克服に不可欠ですが、同時に組織のプロセスや構造、文化の変革も必要です。
これらの要素は相互に絡み合い、変化を促進します。
バイアスが存在することで、人々の潜在能力やポテンシャルが制限され、多様性や包括性が損なわれる可能性があります。
よって、個人や組織が積極的にバイアスに対する意識を高め、公正な環境を促進する取り組みを行うことが不可欠です。
この問題を克服するためには、個人、組織、社会全体が協力して無意識のバイアスを克服し、差別のない世界を築くための努力を継続していかなければなりません。
同時に、組織の文化を変革する姿勢を持って個々の違いを受け入れる環境を作り上げ、多様性と包括性を推進することも欠かせません。
徳本氏の著書「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
出典:無意識のバイアスを克服する 個人・組織・社会を変えるアプローチ(ジェシカ・ノーデル)の書評
この記事は著者に一部加筆修正の了承を得た上で掲載しております。