【書評】脳科学が明かすアートの力~幸福への近道
- 2024/9/19
- 書評
あらゆるアートには健康・ウェルビーイング・学習・繁栄を促進する効果がある。全米でベストセラーとなった『アート脳』の著者スーザン・マグサメンとアイビー・ロスは、科学的根拠に基づいて本書でアートがもたらす脳への効能について明らかにしています。アートを生活の一部に取り入れる美的マインドセットについて、企業支援のエキスパートとしてご活躍の書評ブロガー、徳本昌大氏の書評でお届けします。
アート脳
スーザン・マグサメン , アイビー・ロス(PHP研究所)
目次
本書の要約
アートには日常生活を変革する力があります。本書は、アートや美が脳に驚くべき影響を与え、文字通り脳の回路を再構築する可能性を示唆するものです。アートは単なる娯楽ではなく、私たちの認知機能を高め健康の増進やストレス軽減に深く関わるものであり、持続的な幸福に良い影響を及ぼしているのです。
アートの真価を科学で解明
アートや美学には、私たちに変化をもたらし、結果的に人生をも変革させる力があるのだ。
アートの力を科学的に解明し、その驚くべき効果を世に広めようとする2人のエバンジェリストがいます。
本書の著者スーザン・マグサメンとアイビー・ロスです。
スーザン・マグサメンは、ジョンズ・ホプキンス大学の神経美学分野の第一人者として知られ、アート体験が人間の脳にもたらす影響を長年研究してきました。
一方のアイビー・ロスは、グーグルのハードウェア部門で革新的なデザインを手がける副社長として、テクノロジーとアートの融合を実践してきた人物です。
この異色の2人が手を組み、アートの真価を科学の目で解き明かそうとしたのが、本書になります。
アートを趣味や娯楽と捉えるだけではもったいない!
アートの本質と価値について、多くの人々の考えには偏りがあります。
アートはエンターテイメントや贅沢品といった捉え方が一般的ですが、マグサメンとロスは、アートは単なる娯楽を超えた、人間の生活に不可欠なものだと言います。
絵画、ダンス、文章、建築など、芸術活動としてのアートは私たちの日常生活に深く関わり、心身の健康に予想以上の好影響を与えていることを科学的なアプローチで明らかにしています。
脳の回路を作り出す
著者たちが提唱するのは、アートが日常生活を根本的に変える力を秘めているという考えです。
アートや美は、私たちの脳に驚くべき影響を与えて脳の回路を再構築する力を持っているのです。
私たちの脳は、数十億もの神経細胞(ニューロン)で構成されており、これらの細胞は互いにシナプスと呼ばれる接続部分でつながっています。
新しいことを学んだり経験したりするたびに、これらのシナプス結合が強化されたり、新しく形成されたりします。
特にアートや美的体験は、このプロセスを強力に促進する「秘伝のソース」のような役割を果たします。
感動を与える情報を脳が自動でピックアップ
私たちの脳には、周囲の環境から得られる膨大な情報の中から、特に重要で注目すべきものを選び出す機能があります。
それが「サリエンシー・ネットワーク」と呼ばれる、主に前島皮質と背側前帯状皮質の2つで構成される領域です。
これらは、私たちが日常生活で遭遇する様々な刺激の中から、特に「突出している」サリエント(顕著)な情報を識別する役割を果たしています。
アートと美的経験がこのサリエンシー・ネットワークを強く刺激し、大きなサリエンシーを生み出す主要な手段であると著者たちは指摘します。
つまり、アートは私たちの注意を惹き付け、強い印象を与える力を持っているのです。
例えば、美術館で見る絵画は、日常的な視覚刺激とは異なり、私たちの注意を強く惹きつけます。
その色彩や構図、表現されている内容が、サリエンシー・ネットワークを活性化させ、強い印象として脳に刻まれるのです。
同様に、音楽を聴くときも、その旋律やリズム、ハーモニーが聴覚を通じてサリエンシー・ネットワークを刺激し、私たちに強い感動や記憶を与えることがあります。
アートが心を開放する
アートには神経化学物質、ホルモン、エンドルフィンの分泌を促し、感情を解放させる作用がある。
アートが人間の心身に及ぼす影響は、近年の科学研究によってますます明らかになっており、生物学的な現象として注目を集めています。
詩や小説、絵画、映画や音楽などのアート体験は、人間の脳内で複雑な神経化学的反応を引き起こし、古代ギリシャの哲学者アリストテレスが「カタルシス」と呼んだ感情の浄化や解放が生じることがあります。
この過程を経て、人々は自己や他者とのつながりがより深まったような感覚を覚えるのです。
ストレスとアートの関係
最も注目すべきアートがもたらす効果は、ストレスの軽減です。
音楽
ドとソの音は地球の主要な周波数と共鳴し心を落ち着かせる効果があると言われており、実際、これらの音を聴くことでストレスが軽減されたり、集中力が高まったりする人も多くいて、世界中の多くの文化で「美しい」と感じられる響きを生み出すものです。
この普遍的な美しさは、単なる文化的な学習の結果ではなく、人間の脳の構造や知覚システムに根ざしている可能性があり、これらの周波数を組み合わせた音楽や瞑想療法など様々な分野に広く取り入れられています。
自分の好きな音楽のプレイリストを聴くことで、慢性的な頭痛を軽減できるという研究結果もあり、痛みを和らげることへの音楽の効果が実証されています。
詩
詩を読むことには、単に芸術を楽しむ以上の効果があると、最新の研究で明らかになっています。
エクセター大学の研究では、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を使って詩を読んでいる時の脳の活動を観察し、リラックスした状態となる脳の領域が活性化することがわかりました。
また、詩を読むと神経科学者が「前チル反応」と呼ぶ穏やかな感情へとゆっくりと移行していき、気分が落ち着いたり入眠時にリラックスしたりする効果が期待できます。
詩を読むことによって、私たちの視点や思考に広がりが生まれたり、脳の神経可塑性が高められたりする効果により、脳が新しい物語や考え方を構築しやすくなり、同じことを繰り返し考えてしまう状態(反芻思考)から抜け出す可能性が高まります。
新しい視点が欲しい時、あるいは単に心を落ち着かせたい時に、詩を読んでみるのは良い選択かもしれません。
塗り絵
複数の研究によると、ぬり絵がストレスを軽減することが明らかになっています。
ぬり絵は集中力を高め、脳内で瞑想した効果と同じような生理的反応をもたらすことがあると言うのです。
実際、色を塗っている間はそれに集中することで不安を示す全ての物理的指標が下がり、不安を感じる度合いも低下します。
身体症状も緩和させる
身体的な健康問題に対しても、アートは驚くべき効果を発揮することが報告されています。
慢性的な痛みに悩む患者がアート療法を通じて症状が軽減した、不安障害やうつ病に苦しむ人々の症状が改善されたという報告や、戦争でトラウマを負った人たちに絵を描くという早期介入をしたところ、PTSDが80%以上減少したという研究結果もあります。
音楽やアートと関わるときに分泌されるドーパミン、 セロトニン、オキシトシンは、不安や落ちこみを軽減させる。
踊る
踊るとまず、気分が良くなります。
これは、体を動かすことで脳内に「幸せホルモン」とも呼ばれるセロトニンが分泌され、気分を明るくしてくれるからです。
さらに、複雑な動きを伴う踊りは、脳の左右の半球をつなぐ神経活動を活発にし、新しい神経回路を作り出すきっかけになって脳のネットワークを強化します。
下手でも構わないので、心身ともに良い影響を及ぼす踊りを習慣化したほうが良さそうです。
▶次のページでは、アートが人格形成に及ぼす影響など、教育現場でのアート実践効果についてお届けします。