経営者こそがワクワクして、従業員の輝く場を提供しよう(後編)

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ろ過布フィルターのワンストップ製造メーカー、大塚実業株式会社の代表取締役 大塚雅之さんへのインタビュー。大塚さんは、老舗メーカーを承継した2代目社長として社内変革のみならず、世界が抱える問題にも視野を広げ、果敢にその解決のために取り組もうとされています。企業や経営者としてのあり方についての大塚さんのお考えをお伝えした前編「職人技を伝承する老舗企業を承継!経営理念を貫くための変革とは」に続き、後編となる本編では、理念の実践の仕方、これからのビジョンについてお聞きしました。

承継したものを継続させる“諦めない精神”

Z-EN―経営者はどういう理念を持ち、どうあるべきだとお考えですか。

大塚氏経営者にとって大事なことは、会社の継続です。
そのために決断をし、方針を決めて、社員に指し示すわけですが、やはり、何よりも必要なのは「諦めない心」だと思います。
周りの人が無理だ、駄目だと言っても、信念に従って、いやできるんだ、何とかなるんだという心を持ち続けることが大切です。

そのために、これでもか、これでもかと考え抜く。
自分たちが諦めない限り失敗ではないし、終わらない。
途中、うまくいかないことがあったとしても、その方法ではだめだということを学べたという意味で、それは成功に近づいているんだと考え、とにかく前向きに捉えて、人の手本になるように行動する。

私は社員に対して常に「人から後ろ指を指されるような生き方はやめよう。胸を張って自分が思っていることを正々堂々と言えるような生活をしよう」と言っています。
ですから、私にとって経営者のあり方とは、
正々堂々と自分の考えていることを指し示し、周りを巻き込み、良いと思ったことは諦めずに率先してやっていくことであると考えています。

――実践されていることを具体的に教えてください。

大塚氏私が、経営者のあり方としての考えを持つきっかけとなったのは、前編でもお話した公益資本主義の考えですが、それを提唱するフォーバルの大久保会長からはよく「海外を見てこい」と言われました。
それで私も中国やカンボジアに行くようになったのですが、やはり生活水準の違いを肌で実感しました。
何か自分にできることはないかと考えるようになり、弊社独自の取り組みとして「くつサポ」という運動を始めたのです。

ベトナムのATuc小学校の子どもたちに靴サポート 画像はHPより

東京都内の私立の小学校では通学するときが革靴で、体育の授業では運動靴を履きますが、子供というのは成長が早いので、ほとんど傷んでないのに履けなくなってしまうことがよくあります。
そのため、新品に近い状態のものでも捨ててしまうのですが、これはあまりにももったいないということで、それをもらってアセアン諸国に持っていき学校や孤児院に寄贈しました。
これは本当に喜んでもらえました。

――他にもNPO法人「元気な日本をつくる会」で中小企業の地方での事業機会の創出や、途上国の子どもたちの教育支援プログラムなど、さまざまな社会貢献活動をされているのですね!

大塚氏――弊社は、「国境なき教師団」と言われているCIESFさんやアフリカの元少年兵の自立支援をされているテラ・ルネッサンスさんなどの団体を応援させていただいています。

CIESFさんは、カンボジアを始めとしたアセアン諸国の教育問題に積極的に取り組まれており、日本のベテラン教師の派遣や、リーダー育成のための幼稚園からの一貫校の運営もされています。
現地視察の機会があるのですが、その際には、現地の水道事情、飲料水事情、排水問題なども併せて調査するようにしています。
先ほどお話ししたリーダー育成の学校が、まだ水道の通っていないエリアに引っ越しして飲料水を購入してまかなっている現状を知り、大学の先生方の協力のもと現地に井戸を掘り、使える水を供給するという支援を行わせていただきました。

今後、アセアンやインド、アフリカなどで水を中心とした問題に多く関わりたいと考えており、その調査や知見を深めるためにも支援活動はとても役に立っています。
支援活動と言いましたが、むしろ関わらせていただくことによって私たちの方が多くの学びや気付きを得ることが多く、貴重な経験をさせていただいています。

▶海外での支援活動も積極的に行われている大塚さんが独自に考える社内教育の実践方法や、さらなる海外進出へのビジョンについて、次のページでお届けします!

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大塚雅之
大塚実業株式会社 代表取締役

投稿者プロフィール
大学卒業後、旅行会社へ勤務。1994年大塚実業へ入社。
翌年に阪神淡路大震災が起こる。多くのお客様の被災を目の当たりにし、大阪営業所異動を志願。自ら被災地支援活動の陣頭指揮を執りつつ、お客様目線を取り入れた新たな事業スタイル確立し、3年間で関西市場の売上を3倍にすることに成功。
2005年東京支店へ異動。2009年代表取締役へ就任。 自ら制定した100年ビジョンに沿い、現在は海外進出と社内改革に挑戦している。
一般社団法人公益資本主義推進協議会 東京支部長、日本液体清澄化技術工業会理事、日本分離学会幹事を務める。

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