物語を紡ぐブランディングで企業も人もコーディネート

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ブランディングに関わるデザインや映像制作などをトータルで手掛けているLIFE STORY株式会社。代表の栗原裕也氏は、世界各地でPRやイベント等をコーディネートしてきたご経験を持ち、ずば抜けたセンスで多くの起業家たちから厚い信頼を得ている方です。栗原氏がクリエイティブ制作に関わるようになった経緯と現在代表を務めるLIFE STORY(株)での事業や企画、これからやりたいこと等についてもお話を伺いました。

23歳パーソナルスタイリストとしで初の起業

Z-EN――栗原さんは学生時代に読者モデルもやってらっしゃったというご経験をお持ちですが、これまでのご経歴をお伺いできればと思います。よろしくお願いいたします。

栗原氏(以下、栗原氏)――僕はアパレルからスタートしていまして、21歳の時にアルバイトで東京都内で働き、半年ぐらい経った頃にはそのブランドのトップセールスになって、店長やマネージャーを経験しました。
ちょうど店舗を拡大していた時期だったので、新規店舗が立ち上がる際の一切を任されて、1年半の間に多店舗の立ち上げをやったという経緯があります。
そして、そのまま洋服屋をやろうと思って独立し、僕の地元である茨城でお店を開こうとしたんですが、一緒にやろうとした人の事情でとん挫し、1人じゃさすがにできないなと思って、そのお店は諦めました。
ただもう会社も辞めてしまっているので、地元にいても仕方がないと東京に戻り、セレクショップで働きながら芸能のスタイリストをやろうと思っていました。

ところが、いきなりスタイリストとして働くことはできないと知ったんです。
芸能のスタイリスト業界は、アシスタントからやるのがしきたりみたいになっていて、実際アシスタントをやっている友人に聞いてみたところ、毎日休みなく仕事をしているらしく、じゃあ給料いくらなの?って聞いたら、今から20年ぐらい前で月5万円って言ったんです。

それはちょっと僕はできないなと思って、芸能のスタイリングは諦めようかなと思った時に、偶然、社長さんとかタレントさんのプライベートのコーディネートをするパーソナルススタイリストの仕事をテレビで観て、これならいける!と思い、早速パーソナルスタイリストとして独立しました。
それが23歳の時の最初の起業です。

LIFE STORY株式会社公式サイトより

起業した初めの頃、集客するために5つぐらいの経営者が集まる会に入っていました。
でも、なんともしっくりこないと思っていたところ、バーベキューをやる遊びの交流会に参加し、そこでパーソナルススタイリストの話をしたら、とりあえずちょっと1回やってみてよと複数の経営者の方に興味を持っていただき、気づいたら半年ぐらい先までの予約が埋まった状態になったんですね。
多い時で月に100人ぐらいのコーディネートをしていました。

この時は自分の時間が持てないほど忙しかったですが、会社に余剰金を作って次に備えていたという感じです。
その間に、外人の女性モデルを使って雑誌のファッションカタログのコーディネートをしてくれないかという依頼が制作会社から来たんです。
そしたら、僕がスタイリングした商品が、すごい売れたんですよ。

それがきっかけでどんどん芸能のスタイリングに仕事が広がって、パーソナルと同時並行でやっていました。
その後、ブランド企業等と接点を持つようになり、アパレルブランドのファッションショーのスタイリングを手がけていたのですが、これなら自分でできると思って、ファッションショーを企画・運営するファッション団体を立ち上げました。
モデルやヘアメイク、DJなど、いろんな人たちを集めてファッションショーのイベントをやり始め、多い時で月10本ぐらいやって、1万人ぐらいを動員していました。

ファッション業界を始めとした広い人脈を持つ

この頃、表向きはファッションショーというコンテンツがメインですが、多彩な分野の人が関わるので、いろんな人を繋げマッチングして自分の仕事にも繋がるように交流することをテーマにしていましたね。
当時、ファッションや美容関連の業界の人たちとの繋がりが多かったんですが、イベントに来てくれたお客さんを介し他のいろいろな業界の人が来るようになって、そこで多くの企業経営者とも出会うようになりました。

その後いろんな事業を手掛け、モデルのポータルサイトを作ってブログ広告をしたり、エステサロンを経営したりしています。
結局、それらはすべて売却し、そこから、モデルの子たちが所属する芸能事務所を立ち上げたり、放映用の番組や映画、ドラマなどを作ったりしていました。

その後、30歳ぐらいの頃から海外で事業を展開するようになります。
台湾でイベントをやったり、ベトナムで飲食店を開店したり、バスケットボールのリーグを立ち上げたりしてきましたが、最近は映像制作を中心に事業を展開しています。

映像であれば、今までやってきたものをトータルでブランディング、プロデュースできるので、クリエイティブに関わる制作やイベント・マーケティングなどを中心に現在の会社LIFE STORYを運営しています。

――ありがとうございます。23歳の時に独立されて、これまで多彩な事業を展開されていらっしゃいますが、ご苦労された経験とか、ちょっと失敗した、痛い目にあったみたいな体験もありますか

栗原氏――1番大変だったのは、芸能関連の事業をしていた時ですね。
アパレルでは商品を売ることに集中できたのが、芸能では人がプロダクトになるので、たとえマネージャーがいてもタレントさんたちは結局僕のところに相談に来る。
そうすると、僕は24時間休みがない状態になってしまって、結局人のマネージメントに1番苦労しました。
また、海外に店舗を展開しようとしたときに、現地で任せていた代表が突然いなくなるというトラブルにも遭いました。

――そんな栗原さんのことを周りの方はどのような方だと思っていらっしゃるのでしょう。

栗原氏――経営者というイメージは持っていないと思います。
元々僕はスタイリングをやってクリエイター側から経営者になっているので、クリエイティブな領域に強い人間と受け止められている気がしますし、自分でもそう感じていますね。

ただ、経営者としても結構な時間が経っているので、知見やノウハウが溜まってきているからやれているという自負はあるとは思うんですけど。

▶次のページでは、映像などによるトータルなブランディング手法と、日本の良さを世界に発信していく今後の展望についてお話しいただきます。

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栗原裕也
LIFE STORY株式会社 代表取締役

投稿者プロフィール
1982年茨城県生まれ。
学生時代にスカウトされ、読者モデルなどを経験。
その後、アパレル会社に就職しブランドの立ち上げや店舗運営、エリアマネージャーなどを経て、パーソナルスタイリストとして独立。経営者やタレントなどのスタイリストをしながら、数多くのファッションショーやイベントをプロデュースする。
現在はブランディング・プロデュース、イベント企画・制作、動画製作、セミナー・スクール運営業を展開している。

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