近年、働き方改革の影響で残業規制が進んでいます。働く人にとってメリットがある試みですが、忙しい環境で働きたい若手世代にとっては、自身の成長を感じられずに不安を抱く人も多いようです。前回 は事業投資と投資利益率(ROI)について紹介しましたが、今回は、企業が成長するために必要な経験であるという観点から残業を考察します。一流のビジネスパーソンはハードワークをいといません。残業規制を機に、労働時間と成長スピードの関係を見直してはいかがでしょう。
残業はないが成長もない企業は “隠れブラック”である
ブラック企業の話題がよくメディアに取り上げられる昨今、「弊社は社員に一切残業をさせない」と胸を張る経営者がいます。ですが考えていただきたい。
私の周りにいる優秀な経営者の多くの出身元は、リクルートであったり、光通信であったり、ソニー生命を中心とするプロ保険提案者であったり、ベンチャー・リンクであったり、船井総研であったり。
どれも定時で帰れるような企業出身の人はいません。リクルートの現役社員の方々と時々会議をします。夕方に会議がスタートし、20時過ぎに会議を終えることもしばしばです。「お腹も空いたので、これから夕食でもどうですか?」と聞いても、彼らは決まって「いえ、この会議の情報を明日までに報告しなければいけないので、すみません」と断ってくることがほとんどです。
イトーヨーカドーや西友、ニトリやサイゼリヤ、紳士服のAOKIといった数多くの流通大手を育て、戦後日本の流通業の約半分を指導した、ペガサスクラブの故・渥美俊一氏は、代表的著書『商業経営の精神と技術』の中でこう述べています。
「よく『従業員に生き甲斐を与えなければならない』という経営者がいる。(中略)生き甲斐というのは、個人の世界観や人生観で決まることだ。純粋にその個人の問題であって、自分のハードワークの結果、他の人びとが幸福になっていくことを自ら実感できるときはじめて、生き甲斐を感じることになる。したがって生き甲斐にはハードワークが絶対に不可欠なのである。つまり生き甲斐とは、多数の人びとの幸せをつくることだ。それが自分の人生における何物にも替え難い喜びと思えることだ。(中略)商業は目の前にお客がおり、毎日お客と接触しているわけだから、一番生き甲斐が得られやすい職業である」。
私は渥美先生のこの熱い言葉が好きで、この書は座右の書とも言えるものです。生き甲斐は、ハードワークの向こうに見えてきます。経営を始めてハードワークもしない人は、絶対に生き残ることなどできないでしょう。
若手社員の成長を阻んではいけない
ハードワークは、定時だから手を止めていいということにはなりません。それと同じように、リーダーになりたいと望む人材たちにハードワークの機会を与えない経営など、可能性ある人たちに、愚民化教育をしているようなものだと思います。残業がないということは、定型の仕事しかしないということです。社会の変化に対応するリーダーの知恵など生まれるわけがありません。自分に代わる、将来の経営者が育つわけがないのです。
毎日同じ夢を見て、仕事が終わるまで残業して帰る。そういったリーダーが生まれる素地がない企業に、先はないでしょう。確かに「残業が多いブラック企業」とレッテルを貼られたら、人は集まって来なくなるから困ります。しかしそれを恐れていては、今はいいかもしれませんが、10年後20年後、やはり困ることになるでしょう。
お客様にサービスを提供する仕事がメインの業務ならば、それと同等くらいに、人づくりをすることがゴーイングコンサーンとしての企業の基本機能であるはずです。ですから、ブラック企業ではなく、若者の可能性を引き出す「ストレッチ企業」にならなければ、明日はないのです。
真のリーダーを創造しよう
この行動指針は、SFCGの大島健伸※氏の直接薫陶(くんとう)を受け、現在一緒に働いている石川巌と遅くまで残業した後、夕飯代わりの焼鳥屋で作ったものです。ほとんどの会社の行動指針は平社員向けで、リーダーのためのものがありません。ならば1つつくろうということになりました。石川がSFCG社内で、大島氏の投げつけるさまざまな品々とともに語られた大島氏の言葉を語り、私が半分ぐらい大島氏の魂を忖度(そんたく)して、書き足し創作しました。仕事師は結局、残業の後の酒の肴も仕事の話なのです。
11の行動指針
- リーダーになれ。ワーカーを卒業しろ!どんなに君が優れたワーカーでも、世界中の仕事はできない。しかし君が優れたリーダーなら、部下を通じて世界中の無限の仕事ができる。
- 3つ以上のことを一度に教えるな!しかし、明日の仕事とその仕事の3年先の結果を一度に考えさせよ。
- リーダーは、10メートル先と1キロ先の目標を同時に見ないと車を目的地に着けることはできない。
- 上司のあなたに怒られない仕事ではなく、お客様に褒められる仕事の仕方を教えよ。
- 正確に週40時間作業が全て埋まるように、部下の作業手順を詳細に埋めよ。上司ファジーで、部下ビジーになる。
- 宝は、お客様と接する現場にあり、お客様を連れてきた人が一番偉いと思え!
- 後継者は複数つくるな!一人一人魂を込めてつくれ!
- マネージャーは「社員」で「利益」をマネージする。利益は全ての社員を差別なく癒すが、全ての社員は、平等に利益に貢献しない。上司は、心を鬼に利益を阻む社員にメスを入れよ。目先で今日好かれようとする下衆な上司になるな!嫌われ恐れられ、10年後感謝される上司になれ!
- エグゼクティブの語源を知れ。計画や目的を遂行・達成する人。芸術品を創り上げる人。そして、利益を阻む犯人の首を切り落とす斬首人のことである。
- 部下を成長させ幸せにしたいなら、部下からの畏敬の念で尊敬される上司になれ。そのために部下の話を聞き、夢を語れ、思いを伝え合え。
- リーダーは、謙虚を忘れるな。しかし、大胆に仕事を夢見て語れ、活動せよ。皆にホラを吹け。そしてホラを実現してしまえ!
※大島健伸氏:SFCG創業者・取締役会長。慶應義塾大学を首席で卒業、三井物産に入社。商工ローンの日栄で経験を積み、商工ファンド(現SFCG)を設立、1999年には東証一部上場。フォーブスの世界長者番付174位にも入った。
シリーズ第3回目は「〝見切り〟のスキルを磨き成功と幸せを呼び込め」でお届けします。
出典:井上一生著「経営道」eiaishuppan.Kindle版
この記事は著者に一部加筆修正の了承を得た上で掲載しております。