【書評】これからは「人×地球環境」中心主義が経営の常識になる

この記事を読むのにかかる時間: 4

最近では、SXから経営することの重要性が語られます。しかし、立教大学ビジネススクール教授の田中道昭氏は、それを一歩進めて、デジタル×グリーン×エクイティの三位一体で経営を捉えるべきだと、著書の『世界最先端8社の大戦略「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代』で主張しています。本書の書評は、デジタルシフト成功の事例を2回に分けて企業支援のエキスパートとしてご活躍の書評ブロガー徳本昌大氏が紹介します。今回は、DX勝ち組み8社から、日本企業が学べることの示唆です。

世界最先端8社の大戦略 「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代
著者:田中道昭(日経BP)

本書の要約

今後は「人×地球環境」中心主義が経営者の常識になっていきます。顧客中心主義にこだわり、顧客のペインをなくすことばかり考えた結果、グリーンとエクイティに悪影響を及ぼしました。デジタルシフトにばかり注目が集まりますが、リーダーはデジタル×グリーン×エクイティを三位一体で捉え、戦略に取り入れる必要があります。

DXの勝者から学ぶデジタル×グリーン×エクイティ

CES2021において打ち出された価値観を3つのキーワードに落とし込むならば、それはデジタル、グリーン、エクイティであったといえるでしょう。

近年、組織内での多様性と包摂性「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」が推進されるようになりましたが、そこにエクイティ(公平性・公正)を加えた「ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(DEI)」を掲げる企業が増えてきました。リーダーは、多様な価値観や個性を包摂的に受け入れ、なおかつエクイティの視点を持たなければならなくなったのです。

ウォルマート
ウォルマートは、非デジタルネイティブ企業でありながら最新のデジタル技術を駆使してデジタル化時代に対応するための企業の変革(DX)に成功しました。非デジタルネイティブが多い日本企業は、このウォルマートをベンチマークにすべきです。顧客のショッピング体験(CX)を簡単でシームレスなものに変えた点は、テクノロジー企業に生まれ変わるうえで非常に参考になります。企業文化を刷新しテクノロジー企業へと変革を遂げる中で、ウォルマートはミッションを再定義し、「販売」ではなくCXを高めることにフォーカスして企業文化の刷新に本気で取り組んだのです。

テスラ
テスラは、クリーンエネルギーのエコシステムを構築しようとしています。創業者イーロン・マスクの「このままでは人類が滅びる」「人類を救済する」という強烈な使命感によって、電気自動車(EV)だけでなく、太陽光発電を行う屋根「ソーラールーフ」や急速充電器「スーパーチャージャー」、家庭用蓄電池「パワーウォール」といったエネルギー事業の拡大を、着々と進めています。

テスラは、太陽光発電でエネルギーを創り、蓄電池でエネルギーを蓄え、EVでクリーンエネルギーを使う企業であることが、明確になります。いわばクリーンエネルギーを「創る、蓄える、使う」の三位一体事業こそが、テスラの実態なのです。

持続可能なエネルギー社会を築くために、クリーンエネルギーによるエアコンの開発や、渋滞問題を解決する「高速移動トンネル」計画が進行するなど、テスラの壮大なパーパス(社会的な存在意義)が多くの人を引き寄せ、コミュニティを形成しています。

アップル
アップルは、「デジタル×グリーン×エクイティ」の掛け算において最も先鋭的な取り組みをしている企業の一つであり、2030年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルの達成をコミットしています。

最近では、アップルカーが話題になっていますが、アップルカーは単なるEV、単なる自動運転車ではなく、実際には次世代自動車の4つの潮流(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)を組み合わせた、安全快適で利便性の高い次世代のモビリティサービス「CASE」全体を推進してくはずです。iPhoneでOS、アプリ、サービスといったエコシステムの覇権を握ったのと同じことを、アップルカーでも仕掛けてくるでしょう。

アップルは自動車業界をデジタル化し、次世代自動車産業における覇権を奪うエコシステムを構築して、既存の自動車メーカーを次々に破壊していくかもしれません。

今後、同社のサプライチェーン全体がカーボンニュートラルにシフトした際、EVであるアップルカーが、企業の稼ぐ力とESG(環境・社会・ガバナンス)の両立を図るSXを象徴するプロダクトになっていくはずです。

既存の自動車産業がディーラーを介した販売を行うのに対し、アップルは直接、顧客とつながろうとする。またアップストアと同様、アップルカー用のリアル店舗を展開してくると予想します。ただし、その店舗はセールスのための拠点ではなく、顧客に対してカスタマーエクスペリエンスを提供する場であり、コミュニティを育む場です。 的に顧客に寄り添い、関係を深めていくことです。

顧客ロイヤルティを測る指標(NPS)の高いアップルは、自動車販売でも顧客体験(CX)を高めるでしょう。店舗はCX向上のために存在し、そこから顧客の声を徹底的に拾って開発に活かし、自動車の世界を変えていくはずです。長期的・継続的な関係性を顧客との間に築くためにサブスクリプションを採用し、販売後も顧客に伴走し、関係を構築していきます。

アップルは「低炭素の製品デザイン」「エネルギー効率の拡大」「再生可能エネルギー」「工程と材料のイノベーション」「CO2の除去」の5つを掲げ、「デジタル×グリーン×エクイティ」のかけ算に猛烈に取り組み、この点からも消費者の支持を得て、今後も圧倒的な優位性を発揮しそうです。

セールスフォース
セールスフォースの最大の特徴は、顧客が製品やサービスを使い、望ましい結果を達成するまで支援するビジネス(カスタマーサクセス)を、ミッション、事業構造、収益構造のすべてに織り込んでいることです。「イノベーションを起こすのは、いつもトレイルブレイザー(開拓者)である」と言う創業者のマーク・ベニオフのもと、カスタマーサクセスが組織全体で推進されています。

「トレイルブレイザーという価値観を共有する人々」によるエコシステムを生み出し、「顧客中心主義」を徹底することで、いつの間にか自社製品のユーザーを増やしているのです。

マイクロソフト
「モバイルファーストとクラウドファースト」で復活したマイクロソフトは、MR(複合現実)のプラットフォームを推進しています。MRによって、リアルの世界にいる多地点の複数の人が、バーチャルの世界を同時に「体験する」「触る」「加工する」ことが可能となり、離れた場所の人々がストレスなしに、コミュニケーションできるようになるのです。MRはゲームやエンターテインメント、ビジネスはもちろん、医療・介護や学術研究、日常生活に至るまで様々な分野での活用が期待されていますが、マイクロソフトがこの分野の覇権を握っていることは間違いありません。

ペロトン
ビジネスモデルのイノベーションによって成功している企業は数あれど、自動車やスマホなどソフトとハードにおける優れたUX企業と、ECなどで消費者に直接モノを販売するD2Cのイノベーター企業、そのどちらの領域にも属する企業は、アップルとテスラ、そしてペロトンしかいない、というのです。

ペロトンはフィットネスバイクのDXによってフィットネス業界にイノベーションをもたらしています。ペロトンはクラウドサービスとして利用できるようにしたソフトウェア(SaaS)を開発・提供する企業で、自社のスタジオからエクササイズ番組を24時間ストリーミング配信し、7,000以上のクラスをオンデマンド配信しています。これによりユーザーは、ジムのようなフィトネス体験を自宅で得られるようになったのです。

「フィットネス業界のネットフリックス」と呼ばれるペロトンは、フィットネスバイクやスポーツウエアの製造・販売、番組のストリーミング配信、音楽配信、ロジスティクスなどを一気通貫で提供しています。

シンガポール・DBS銀行
DBS銀行は「もし、ジェフ・ベゾスが銀行をやるなら、何をする?」という大胆な問いのもとに自らを破壊し、デジタルバンクへと生まれ変わりました。彼らがベンチマークしたのは競合する金融機関ではなく、アマゾンをはじめとする数々のテクノロジー企業だったのです。

シンガポールのDBS銀行は、「会社の芯までデジタルに」という目標を掲げて、旧態依然とした金融業からテクノロジー企業へと生まれ変わりました。今では「世界一のデジタルバンク」と称賛されるようになっています。

DBS銀行では、「徹底した顧客中心主義」「データドリブン」「リスクを取って実験に挑む」「アジャイル型」「学ぶ組織になる」と言う目標を掲げ、ガンダルフ(GANDALF)になることを目指したのです。

G:グーグルのオープンソースソフトウェア志向グーグルのオープンソースソフトウェア志向グーグル

A:アマゾンのAWS上でのクラウド運用

N:ネットフリックスのデータを利用したパーソナルレコメンデーション

D:DBSがガンダルフのDになる!

A:アップルのデザイン思考

L:リンクトインの学ぶコミュニティであり続ける

F:フェイスブックの「世界中の人々への広がりを持つ」

彼らは「顧客との継続的で良好な関係性」を構築し、さらなるCXの向上を実現しようとしています。

アマゾン
アマゾンはあらゆる産業を飲み込む「エブリシング・カンパニー」を目指しています。「アマゾン・モニトロン」により、製造業のDXを先取りし、製造業のエコシステムをプラットフォーマーとして支配し、産業の覇権を握ろうとしています。その影響力は小売やITだけでなく、今や製造業の現場やヘルスケア、金融にまで及んでいます。

ベゾスはカスタマーセントリックを「聞く(Listen)」「発明する(Invent)」「パーソナライズ(Personalize)」という3つの動詞で定義しています。すなわち、顧客の声に耳を傾け、それを実現するサービスを生み出すこと。また、画一的なサービスをよしとせず、顧客1人ひとりを誰よりも尊重して徹底的にパーソナライズされたサービスを提供すること。それがアマゾンにとっての顧客中心主義です。

ベゾスといえば、これまで「カスタマーセントリック(顧客中心主義)」を掲げ、ひたすらビジネスでの成功にこだわってきたため、アマゾンはブラックな会社であるという評価を長年受けてきました。マーケティングでは高い評価を受けているにも関わらず、CSR、ESG、SDGsでは低い評価に甘んじていたのです。

人間の欲望には際限がないため、顧客中心主義を追求することで、気候変動問題や格差拡大といった社会問題を引き起こしてきた経緯があります。しかし、顧客中心主義を追求したことで、顧客をはじめ、従業員、地域社会など、ステークホルダーすべての利益を損ねていることにベゾスは気づいたのです。会長職に退いたベゾスは今後、人間中心主義にシフトし、従業員やパートナーとの関係を見直していくことでしょう。マスクのように地球環境に優しい企業を目指していくことも考えられます。

本書には経営改革のための様々なヒントが書かれています。本書が取り上げた8社は顧客中心主義を経営に取り入れ、デジタルシフトを行っていますが、この数年でデジタルにグリーン×エクイティを掛け合わせるようになっています。次回は、企業を強くする戦略策定の要点について紹介します。

徳本氏の著書「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)

出典:徳本昌大の書評ブログ!毎日90秒でワクワクな人生をつくる「田中道昭氏の世界最先端8社の大戦略 『デジタル×グリーン×エクイティ』の時代の書評」
この記事は著者に一部加筆修正の了承を得た上で掲載しております。

徳本昌大
Ewilジャパン取締役COO
みらいチャレンジ ファウンダー
iU 情報経営イノベーション専門職大学特任教授

投稿者プロフィール
複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。
現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動するなか、多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施中。
ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。
マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

この著者の最新の記事

関連記事

ピックアップ記事

  1. 「PR」と聞くと、企業がテレビやラジオなどのメディアで流すイメージCMや、商品やイベントなどを情報発…
  2. 決算は、株主、投資家、金融機関など、外部のステイクホルダーに会社の財政状態・経営成績を伝達する役割を…
  3. ブラウザで作れる履歴書・職務経歴書「Yagish」ヤギッシュで人気の(株)Yagishが、企業の採用…

編集部おすすめ記事

年別アーカイブ

ページ上部へ戻る