創業270年の老舗石材店は、なぜ変革を成功させ売上向上できたのか?(前編)

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高度経済成長を経て2005年頃が市場のピーク

――江戸時代から石材店が長く続くなかで、ビジネスモデルのターニングポイントがいくつかあったのではないでしょうか。

山崎氏――近世以前の日本で石材は、主に石垣や地元の寺社関連の建造物、庭石などに利用されていました。
戦後は戦没者慰霊碑建立の機運があったことや高度経済成長で暮らしが豊かになり、硬い花崗岩(御影石)の加工技術も進んだことで、墓石産業も盛んになりました。
平成元年に工場を郊外に移転するまでは、家の中が工場で、家の前にはたくさんの石が並んでいました。

印半纏を羽織って開店祝いをする11代目盛一郎(左から3番目) 画像はHPより

その後、石材の量や色など種類を増やすため、アフリカなど海外から黒御影石の原石や半製品を輸入し、国内で加工することが一般的になりましたが、間もなく、より安い労働力を求めて生産拠点は韓国、そして中国に移りました。
その中国の取り扱い量も2005年頃をピークに下降しています。
国内の石材市場も業界誌などの情報によると、2005年頃をピークに下降線が続いています。石材店に後継者がいても引き継げないというお店が多くなっています。

出典:墓石マーケティング研究会資料

東日本大震災後、「地震に強いお墓」に

――承継されてから、IT導入以外に新たに取り組まれたことはありますか。

山崎氏――東日本大震災で地震対策の必要性を強く感じたので、修理やその後に建てるお墓には耐震や免震構造を取り入れました。
また、石の専門家として、良質な石を求めて積極的に原産地に足を運んでいます。
良い原石を選ぶことでロスが少なくなり、輸送コストも下がります。
私は石が好きなので、どこの石が、どのようにお客様に届くかを知りたいと思っています。
現地に行かなければわからないことも多く、最新の情報を得ながら良質な石材を届けられるように努力しています。

インドにて。インドでは石の採掘の仕事しかない村もあるそう。画像はHPより

「買わない理由」から生まれた樹木葬

――いま樹木葬に取り組まれていらっしゃいますが、市場縮小を受けてこれまでのお墓を造ることから、周辺分野に視野を広げているということでしょうか。

山崎氏――伝統的な石屋さんで、かつ身体で仕事を覚え長く従事している人ほど、樹木葬を良く思わないようです。
でも、私にしてみれば、通常のお墓も樹木葬も、手を合わせる対象であることに変わりありません。

いま、社会のニーズとしては7割ほどの方が100万円以下でお墓を欲しいと思っていますし、子どもにお墓を継がせるのは負担になると考えています。
「買わない理由」は、いくらでもあります。
そこを、「買える」ようにするひとつのコンテンツが樹木葬です。

従来型のお墓は継ぐことが前提で、それには同じ場所に住み続けることが必要ですが、今は生き方が多様な時代です。
永代供養、つまり「引き継がなくていい」というソフトに、金銭面も考慮した100万円以下のお墓というハードをパッケージした樹木葬という商品を作ったところ、今までお墓を買えなかった方が購入され、需要が高まっています。

ーー270年の老舗石材店を継承し、IT活用など、大胆な社内改革で業績を改善し続けてきた山崎さん。後編では、樹木葬やお寺さんとのつながり構築などについてお話くださいます。

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山崎哲男
有限会社山崎石材店 代表取締役

投稿者プロフィール
茨城県常総市生まれ。
大学卒業後、都内のNPO勤務を経て、有限会社山崎石材店に入社。
2011年頃より、家業を継承し13代目に。
「過去の常識に縛られることなく新しい時代をつくる」ことを使命とし、歴史と伝統を尊重しながらも、新しいあり方の模索とチャレンジを重ねる。
社内業務にITシステムを導入し、2016年には経産省「攻めのIT経営中小企業百選」に選出される。
2019年から「樹木葬」を始める。
永代供養コーディネーター/樹木葬プロデューサー/海洋散骨シニアアドバイザー/お墓ディレクター/墓地管理士/相続コンサルタント

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