【書評】人の行動を変えるには、現状を維持するコスト負担を認識させよう
- 2021/6/21
- 書評
本書「THE CATALYST 一瞬で人の心が変わる伝え方の技術」は、ペンシルベニア大学ウォートン校の人気教授ジョーナ・バーガーが、人や組織の変革で障害となる5つの心理的要因を解説し、解決するノためのウハウを紹介した一冊です。組織の問題の中心は人の問題と言われます。変化が必要なときに使えるコミュニケーション技術とはどのようなものか、企業支援のエキスパートとしてご活躍の書評ブロガー、徳本昌大氏の書評から紹介します。
THE CATALYST 一瞬で人の心が変わる伝え方の技術
著者:ジョーナ・バーガー(かんき出版)
目次
本書の要約
タイトルであるカタリスト(Catalyst)とは、変化を促進する働きや、刺激を与える人という意味で使われています。人は押しても変わりません。なぜなら、「心理的リアクタンス(Reactance)」「保有効果(Endowment)」「心理的距離(Distance)」「不確実性(Uncertainty)」「補強証拠(Corroborating Evidence)」といった5つの障害が、心の変化を妨げているからです。これらをカタリストが減らし行動を促す。そうすれば、相手は自ら進んで「考え」と「行動」を変えてくれるのです。
現状維持のデメリットを認識させよう
変化を難しいと感じるのは、人間にはすでに持っているものやしていることを過大評価する傾向があるからだ。
人が変化に対して持つ5つの心理的障壁のうち、今回は「保有効果(Endowment)」を取り上げます。変化に対して自ら行動を起こさせるには、変化によって得られる価値より、現状維持のデメリットを伝えればいいと著者は説いています。
手にしたものには価値があるという思い込み
どうやら人間は、一度何かを自分のものにすると、それに愛着を覚えるようだ。その結果、それの価値を高く見積もるようになる。これがいわゆる「保有効果」だ。保有効果はいたるところで見られる。
人には手放すことを嫌がる特性があるようです。 手に入れるときよりも、 手放すときのほうが、 対象をより高く評価してしまいます。一旦所有すると愛着が湧いて客観的な評価ができなくなり、その価値をより高く見積もって価格設定を間違えてしまうのです。このような心理現象を保有効果といいます。
人は現状の2倍以上の価値でしか動かない
さまざまな研究報告から分かったのは、 想定される損失の2.6倍の利益を得られなければ、人は行動を起こさないということです。新しいことをさせるなら、今より少し良くなる程度では足りず、遙かに大きな効果がなければなりません。
好きなもの、自分にとって価値のあるものを手放すには、 その“見返り(効果の向上、コスト削減、 その他の前向きな変化) ”が、 手放すものの2倍以上の価値を持つ必要があるというのです。
現状維持を打破するためには、スイッチング・コストを相手に分からせ、それ以上のメリットがあることを伝えるようにします。過去の習慣を変えるためには、損失よりも大きなメリットを相手に知らせなければならならないのです。
保有効果を和らげる具体的な方法
変化にコストはつきものだ。新しい製品を買うのはお金がかかり、新しいサービスを導入すると、使い方を覚えるまでに時間がかかる。新規の企画は形にするまでにかなりの努力が必要で、新しいアイデアは慣れるまで時間がかかる。そのうえ、これらのコストはたいてい前払いだ。
「負担が先でリターンは後」だから現状の方がまし
例えば、現在使用しているソフトウェアを新しくする場合、顧客は時間と労力をかけて使い方を覚えなければなりません。ソフトウェアのバージョンアップには、それを使いこなすための、新しいユーザインタフェースに慣れて、機能を覚えるという面倒な作業が付随します。そのため、新しいプログラムを導入して、変化のリターンが実際に得られるようになるのは、数週間か数カ月後になるのです。
このイニシャル・コストとリターンの時間的ギャップが行動の妨げとなり、人は「負担が先、リターンは後」という事態になるなら、何もしないことを選びます。つまり、現状維持という選択肢があれば、多くの人はこれを選んでしまうのです。
アメリカのビジネス理論家であるジム・コリンズは、著書『ビジョナリー・カンパニー 2』(日経BP)の冒頭でこんな言葉を残しています。
『グッド』は『グレート』の敵だ。(略)グレートな学校がないのは、グッドな学校をすでに持っているからだ。グレートな政府がないのは、グッドな政府がすでに存在するからだ。グレートな人生を手に入れる人がほとんどいないのは、グッドな人生で満足するのがあまりにも簡単だからだ。
私たちは物事が「グッド」の状態なら、現状維持を選んでしまいます。今のままで特に問題がないのなら、あえて変えようとは思わないのです。
しかし、何もしないことのコストはゼロではありません。小さな違いが時間をかけて積み重なれば、やがてかなり大きな違いになります。
手放す手助けをするカタリスト
カタリストは、現状維持と変化を起こした結果の違いを明確にして、変化の利点を相手に納得してもらいます。このとき、変化の利点を強調するのではなく、何もしないことによって、いったいどれほどのものを失っているかを明確にし、相手に行動を起こさせるのです。
変化の触媒になるには、人々を新しいものに慣れさせるだけでは不十分だ。古いものを手放す手助けもしなければならない。それが、「保有効果を和らげる」ということだ。
紀元後711年、イスラム帝国ウマイヤ朝の軍人タリーク・イブン・ズィヤードは、ムスリム軍の指揮官としてジブラルタル海峡を越えてイベリア半島を征服しました。上陸後にタリークは、部下たちに弱気の虫を起こさせないよう、自分たちが乗ってきた船を焼くことを命じて不退転の覚悟を示したと言われています。
漢王朝建国時に大活躍した将軍の韓信も、背水の陣によって兵士たちのやる気を引き出し、大勝利を手にします。
現状を打破したいとき、これらの考え方や姿勢を応用できます。古いやり方を完全に捨てるのではなく、他の方法で古いやり方のコストを明確にするのです。
自ら行動を変化させるためには”船を焼け”
多くの社員がソフトウェアをアップデートせず、変化を起こしてくれなかったというケースはよく見かけられます。
本書には、新しいソフトウェアの導入で苦労していたIT技術者が、「現状維持」という選択肢を排除した例が紹介されています。つまり、古いソフトウェアという船を焼き払ったのです。最新版に更新していないすべての人に、古いソフトウェアのサポートを終了するというメールを送信し、アップデートしない社員には、今後トラブルがあってもサポートをしないと宣言しました。その結果、今まで抵抗していた社員全員がソフトウェアをアップデートしたそうです。
現状維持にかかるコストを認識させることで、人は自分の行動を変えます。何もしないことで不利益を被ると伝えることで、相手は自らアクションを起こすようになるのです。
徳本氏の著書「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
出典:徳本昌大の書評ブログ!毎日90秒でワクワクな人生をつくる「行動を変えたければ、船を焼け!THE CATALYSTの書評」
この記事は著者に一部加筆修正の了承を得た上で掲載しております。