風評での悩みを解決する!風評対策関連サービスを低価格で提供
- 2025/3/24
- インタビュー

現代のネット社会における口コミ評価は、企業や店舗の価値を上げ下げする大きな影響力を持ち、ともすれば、悪評の口コミと風評によって一企業が倒産する事態をも引き起こしかねません。風評で悩む経営者を助け、企業や店舗の価値が正当に評価される社会を実現したいとの熱い思いで、風評対策関連のサービスを展開するAIDホールディングス株式会社代表取締役の西田悠二氏に、風評対策関連事業に込められた理念や現在に至るまでのご経歴等について伺いました。
目次
上場企業の会社員から音楽の世界へ
Z-EN――本日は、西田さんのお人柄をご紹介するとともに、御社が展開する風評対策サービスについてお話を伺いたいと思います。西田さんは一流大学ご出身、上場企業勤務のご経歴のほか、歌手も目指したという稀有なご経歴をお持ちで、面白いキャラクターと実直さで周囲の方々から厚い信頼を寄せられていると他の経営者の方々からお聞きしています。最初に、これまでのご経歴をお話しいただけますか。
西田悠二氏(以下、西田氏)――上場企業オムロンで3年営業を担当して、その後、某芸能プロダクションの傘下の音楽事務所担当の方から、「会社を辞めて上京してほしい!」と言っていただいて、僕も人生は1回きりだからという思いもあったので、大企業を飛び出しシンガーソングライターを目指したのが26歳の頃ですね。
――路上ライブなども、やっていたんですか。
西田氏――新宿や渋谷で路上ライブもしていましたし、ハウスライブもして、音楽活動は2年弱ぐらいやっていました。
シンガーソングライターは皆集客に困っているので、お客さんとしてそれぞれのライブにみんなでまとまって行くようにして、そこでプロダクションの目に止まったらいいと考えて、その団体も立ち上げてやっていました。
――それは、すごい面白いです!
西田氏――みんなで協力し合って集客すればいいやん!という発想でやっていましたね。
中学3年生ぐらいから作詞作曲を始めて、大学入るぐらいで100曲以上ありました。
ただ僕は編曲ができなくて、デモテープを作ってもアカペラだけのしょぼい音源になってしまっていて。
実際、少し本格的に音楽活動ができるようになったのは、オムロン時代です。
入社2年目にプロの元で編曲を学んでいたら、5曲入りアルバムができました。
プロの方に「面白そうだからちょっと出してみたら」と言われて、当時はまだ会社員でしたから、実際声がかかったら考えようと思っていたら、某芸能プロダクションが会社を辞めておいでと言ってくれたんです。
――オムロンではどんな仕事をされていたのでしょうか。
西田氏――オムロン入社1年目は、入退室のカードリーダーなどのセキュリティシステムを企業や官公庁に入れていく仕事をしていました。
でも、2年目でその事業が収束することになり、若手の僕は多分有望な部署に行くだろうとみんなに言ってもらっていたんですけど、実際はその3人ぐらいの収束部隊に配属され、事業収束に伴う謝罪行脚にまわることが当時課された任務でした。すごい責任重大だったのですが、それだけではなく、当時その事業部で1番大きい、官庁のセキュリティシステムを一斉リプレースするという、システム導入の方のプロジェクトリーダーも任されることになり、事業収束と導入の一大プロジェクトをそれぞれ任されるという、割と壮絶なサラリーマン2年目でした。
休日も潰れることが多く、夜も11時ぐらいまで帰れない、夜11時ぐらいから大阪から京都に帰るとか、そんな生活をしていたのが2年目です。
死にそうでしたが、今思えばすごく貴重な経験でとても感謝しています。
3年目には、その事業部ごと子会社になって、そこから全国のサービスエリア、パーキングエリアに新規事業を作っていく部署に配属されました。
ようやくちょっと新人らしい仕事に就いた矢先に音楽の話が来て、結局会社は辞めるという決断をしました。
音楽からフルコミッションの世界に転身し自立を目指す
――そこから独立されたのですか。
西田氏――いえ、会社はまだ立ち上げてはいません。
音楽の道に行きましたが、続けていくにも金銭的にきつくなっていくことを悟り、2年弱ほど経ったタイミングで、一旦自分で稼げるようになろうと、自分1人いればいつでも月50万円や100万円を作れる人間にならないと一生表現の世界には戻れないなと考え、絶対にやりたくなかったフルコミッションの営業職にチャレンジしようと考えました。
この挑戦を嫌がっていたらこの先はないなと。
フルコミッションというのは、訪問営業や電話営業の業界で、契約がなければ報酬はゼロ円、契約を取れれば天井なしという完全に野良の世界ですね。
始めた当初は、年下の先輩社員から雨のマンション駐車場で、昨日の夜ギリギリに渡された3枚ほどの営業トークを、一文字も間違わずに話さないといけず、間違えたら最初からやり直し。
一向に成功しませんでしたので延々怒られていました。
丁寧に育ててもらったオムロン時代には経験できなかったような野良感がたくさんあって、苦労はありましたが初めて経験するベンチャーの世界がなんかとても面白かったですね。
その後の独立起業の際に役立つ経験をさせてもらえたと思っています。
途中からは営業トップを取ることができ、スーパーバイザーや管理職にもなって、トップ営業の採用や育成をやらせてもらいました。
そこからは、いくつか不動産会社や投資ファンドからお声がけいただいて、管理職や役員を歴任していきました。
心が動くのであれば転々とすることはいとわずという感じでした。
その最中にも大変なことや面白い経験はたくさんありましたが、長くなるのでこのセクションでは割愛させていただきます。
▶次のページでは、西田さんが研究された「引き寄せの成功法則」についてお話しいただきます。